第1幕:「浴衣の帯が緩むまで、知らなかった妻の匂い」
今年初めての蒸し暑い夜だった。
街の空は群青に沈みかけていて、地上には無数のネオンと、グラスの中の氷が溶ける音が点在していた。
金曜日、会社帰りにビアガーデンで部下たちと合流する予定だった。
誘ったのは、若い二人。24歳の三浦と、25歳の柿本。
そして、思いつきで「お前ら、うちの嫁も来るから」と伝えたのは、ほんの冗談のつもりだった。
けれど、待ち合わせ場所に浴衣で現れた妻を見た瞬間、私は言葉を失った。
薄藤色の絞り染めに、白い帯。うなじが透け、汗に濡れた肌が、光の粒をまとうように美しかった。
「遅れてごめんね」
そう言って小さく笑った彼女に、三浦も柿本も、ただ「……いえ」と曖昧に応じるしかなかった。
浴衣の袖から覗く手首。生ビールの泡が唇に触れたあと、そっと舌で拭うしぐさ。
ふたりの視線が何度も彼女に吸い寄せられていくのを、私は横で見ていた。
不思議と、不快ではなかった。
むしろ、誇らしさに近いものが胸にあった。
「このまま、うちで二次会でもやるか?」
軽い気持ちで口にしたその一言が、夜の終わりを伸ばしていくことになるとは思っていなかった。
第2幕:「眠りと欲望の境目で、帯が解けていた」
帰宅後、私はソファに沈み込み、アルコールと湿度に溺れるように目を閉じた。
耳に残っていたのは、妻の浴衣の布擦れと、若い笑い声の重なりだった。
――どれくらい眠っていたのか。
うっすらと目を開けると、部屋は照明が落とされ、薄暗がりの中にテレビの光だけがゆらいでいた。
そして、見た。
彼女はリビングのクッションに座り、三浦と柿本と向かい合っていた。
浴衣の帯はほどけ、左右の肩がゆるく落ちている。
まるで、触れればほどけてしまう花のように。
三浦の指が、彼女の髪を梳いた。
柿本の手が、そっと太ももに沿って置かれる。
そして、誰かの唇が、彼女の首筋に触れた。
彼女は、目を閉じたまま、拒まなかった。
私は声を上げることができなかった。
喉が乾いているのに、体が重くて動かない。
目だけが、濡れた夢のようなその光景に縫いとめられていた。
浴衣の裾が持ち上がり、足がひらかれたとき、
妻の下腹部が、ゆっくりと露わになった。
三浦が指を這わせ、柿本がその指を舌で追いかけた。
唇、舌、指が交錯し、彼女の息が、喉の奥からもれ出す。
それは喘ぎとも、許しともつかない、ひとつの“音”だった。
私は、眠ったままの男という仮面をかぶりながら、
妻がほかの男の舌でほぐされていく様を、ただ見つめていた。
第3幕:「知らないふりをして、朝を迎えた」
どこかで、誰かが絶頂したような声がした。
でもそれは誰の声か、最後まで判別できなかった。
私の中の何かが、確実に引き裂かれたまま、朝が訪れた。
目を覚ますと、陽射しがカーテンの隙間から差し込み、部屋には珈琲の香りが漂っていた。
テーブルには飲みかけのグラスと、折りたたまれた浴衣。
「昨日、ちょっと飲みすぎちゃったね」
キッチンで背中越しにそう言った妻は、何ごともなかったようにエプロンを結んでいた。
帯は、そこにないままだった。


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