【第1幕:白く閉ざされた病室で、熱だけが漏れ出していた】
検査入院の理由など、今となってはどうでもよくなってしまうほど、あの数日間の空気は妙に濃かった。
妻が入院していたのは、大学病院の整形外科フロア。比較的若い入院患者も多く、運動部で怪我をしたという大学生の姿が目についた。ギプスをはめたまま廊下で笑っている声。軽快に響く松葉杖のリズム。白衣の下に隠れていたはずの世界が、そこにはあった。
俺が見舞いに訪れたのは週末だけだった。限られた面会時間のなか、妻はいつも穏やかに微笑んでいた。けれどその笑みの裏側に、どこか張りつめた、あるいは、解き放たれすぎたような、微かな緩みを感じていた。
ある日、妻のベッド脇のテーブルに置かれていたペットボトルの飲みかけ。その口元に、見知らぬ男の指紋が滲んでいるように思えて、俺は一瞬だけ呼吸を止めた。
白いカーテン越しに差し込む光が、あまりにも艶かしく、無防備な妻の肩をなぞっていた。
「寂しくなかった?」
そう訊くと、妻は小さく笑って言った。
「ううん、退屈しない病棟だったから。」
その言葉が、俺の耳の奥で、静かに熱を持ち始めた。
【第2幕:カーテンの向こうで濡れていたのは、誰にも気づかれない私の妻だった】
病院の白は、すべてを清潔に見せかける。
だがその白に包まれていたのは、限界まで昂ぶった肌と、じっとりと火照った身体だった。
「ご主人、今日は来ないんですか?」
そう訊いたという声を、あとから俺は聞いた。ギプスをはめた若い患者が、妻の病室を覗いたときのこと。整形外科という名の下で偶然集められた、無垢なふりをした若い肉体たち。
妻は、そこで何かを許してしまったのだ。
白いカーテン一枚の向こうで、松葉杖の音が近づいてくるたび、ベッドの上の湿度が高まっていた。
ある夜、ふとした拍子にスマートフォンの通知が灯った。妻からのメッセージだったが、その通知の下に見慣れぬ通知バナーが重なった。AirDropの近距離送信――名前も保存されていない、誰かの少年めいた名前。
そして、そこに添えられていたのは、ベッドの上で背中をのけ反らせる女性の写真。
頬に流れる汗。めくれた病衣。むき出しの太腿が、どこか虚ろに開かれている。静かな病室の、夜の片隅で。
*
あとで妻はぽつりと打ち明けた。
「初めてじゃなかったの。最初はね、ただ、手を握ってきただけだった。怖かったんだって…手術の前の夜、ずっと震えてて…」
彼の指が、妻の指の隙間に滑り込み、やがてそのまま脚の付け根へと這い上がっていったのだろう。
「脚、痛くないですか?」
そう訊かれて、返事をする代わりに妻は、ほんのわずかに、足を開いたのだと。
それがどれほど静かで淫らな合図だったか、想像してしまった。
やがて、若い身体が妻の上に跨った。ギプスの脚を引きずりながら、重心を片方にかけて。妻の体を庇うように、そして貪るように。
ゆっくりと沈み込んでいった彼のものに、妻は何度も声を殺して喘いだ。痛みと快感の狭間で、片脚を吊られたように動けないその体位は、羞恥と征服を同時に刻みつける。
ベッドのスプリングが軋む音すら許されない静寂のなか、舌が乳首を這い、唇が耳の裏を吸った。
妻の口元が、声を押し殺すたびに濡れていく。汗と愛液が混じった湿った匂いが、白い部屋に密やかに立ちのぼっていく。
次の夜には別の若い男が来た。寝返りが打てず、夜も眠れないという体育会系の学生。ベッドの端に腰かけ、病衣の隙間に忍び込ませた指先が、妻の奥を開いた。
「声、出しちゃダメですよ?」
そう囁かれたそのとき、妻は既に小さな絶頂を迎えていたという。
シーツの上、仰向けで指を吸い込む姿勢のまま、彼女はただ目を閉じて震えていた。
2人目の若い身体に膝を持ち上げられながら、妻は自身の欲望の正体を知ったのだ。
“もう、戻れないかもしれない。”
けれどその背徳が、妻を最も官能的に濡らした。
【第3幕:私はもう、誰に抱かれていたのかさえ思い出せなかった】
夜が来るたび、誰かが私の中にいた。
それが誰だったか――もう、順番も、名前も、思い出せない。ただ、身体の奥に残った感触だけが、鮮明に疼いていた。
最初の彼は、震える手で私の太腿を撫で、舌で濡れた花弁を一枚ずつすくうように舐めた。
唇の柔らかさと、舌圧の強さのコントラストが、喉奥から甘い吐息を引き出した。
そのとき、私の足は自然と彼の頭に絡みついていた。声が漏れないように、自分の腕で口元を塞ぎながら。
次の夜、二人目の彼は違った。
ギプスをしていたはずなのに、私を膝立ちの体位に導き、後ろからゆっくりと挿れてきた。
深く、奥まで、喉の奥から小さな嗚咽が漏れるほどに。
腰を掴む指が強く、でも不器用に優しかった。
「気持ちいいですか…?」
その問いに、私は何も言えなかった。
ただ、濡れた音が病室の静けさを破るように響いていた。
背中に汗が伝い、揺れる身体がシーツの湿度を高めていく。
そして三人目は、たぶん、まだ高校生のような顔をした子だった。
昼間はほとんど会話もしなかったのに、ある夜、突然私の手を引いてきた。
「奥さん、…お願いです」
その言葉に、私は何も訊かず、ただ彼の唇を受け入れた。
キスは、あまりにも稚拙で、けれど一番、熱かった。
「…初めてなんです」
震える声でそう囁かれた瞬間、私は自分の内側に眠っていた“女”という感覚が、今、確かに誰かの“最初”を包み込んでいることを意識した。
小さな吐息。
指先だけで触れるようなピストン。
それでも、私の奥に届いたものは、若さの中に宿る“純粋な欲望”だった。
息を殺しながら、私は何度も絶頂した。
腰が浮くたび、喉から掠れた声が漏れる。
病室の天井が、夜ごとに違う色に染まっていった。
*
私はもう、自分が誰を愛していたのかさえ、わからなかった。
けれど、誰のものにもなっていなかったとも言える。
その夜、私は静かにひとり、ぬるんだシーツに指を這わせながら、最後の快楽を迎えた。
誰かの温度がまだ残っているベッドの上で、目を閉じて、そっと脚を開いた。
そして、たったひとつの記憶が、体の奥に焼きついている。
――あのときの濡れたシーツの感触だけが、今も私の骨盤の奥で疼いている。


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