水音に溶けて、私はもう戻れない──人気のない渓流で交わったあの日
社会人一年目。
少し背伸びしたヒール、カフェインに頼った朝、笑顔で包んだ愛想と疲労。
そんな日々を繰り返していた私の中に、まだ誰にも知られていない「熱」があることに、気づいてしまったのは──彼と行ったあの旅だった。
部長は50代。
ロマンスグレーがよく似合う、静かな威厳をまとった人。
社内でも評判がよく、特に女性たちには安心できる存在として慕われていた。
ある日、仕事終わりの食事の席で、趣味の話を聞かされた。
渓流釣りと風景写真。
そのギャップに少し心が弾んだのを、彼は察していたのかもしれない。
「今度、モデルになってくれないか」
冗談めかしたその一言に、「いいですよ」と笑って返した私に、本気の誘いが届いたのはその数日後だった。
──《信州に撮影に行く。よかったら一緒に》
その文面の余白に潜む意図を、私は読み取っていた。
それでも断れなかったのは、信頼? それとも、もっと別の感情?
連休初日の朝、彼の車が私を迎えにきた。
助手席に乗り込むと、スーツではなく洗練されたアウトドアスタイルの彼がいて、言葉にならない鼓動が胸を打った。
山道を越え、携帯も通じないような奥地。
獣道を登った先、忽然と現れた渓流は、まるで時間からも社会からも切り離された別世界だった。
誰もいない。
聞こえるのは、水音と、風と、鳥のさえずりだけ。
岩に腰を掛けると、彼がカメラを構えた。
「そのまま、髪に触れて」
「今度は、シャツのボタンを……そう、ゆっくり」
自然にほどけていく服。
下着姿の私を、彼の視線がなぞる。
それはカメラ越しの視線ではなく、一人の男としての視線。
「……もう、モデルどころじゃないね」
カメラが置かれ、代わりに彼の手が私の頬を包んだ。
熱を含んだ指先が、唇に触れた瞬間──身体の芯が、音もなく溶けた。
唇が触れ合い、舌が求め合う。
深く、湿ったキスのたびに、風が肌を撫でるのがわかる。
彼の手がワンピースの裾を捲り、ショーツの上から私の中心を確かめる。
「……濡れてるね」
「……だって……」
言葉にならない。
ショーツが脚を滑り落ちていき、指先が熱を帯びた花芯をなぞる。
敏感なそこを撫でられるたびに、頭の奥が真っ白になっていく。
「声、我慢しなくていいよ。誰もいないから」
その言葉に、私の奥がはじけた。
岩に押しつけられた身体。
冷たい石の感触と、彼の熱い肌の対比に、感覚が研ぎ澄まされていく。
スカートを腰まで持ち上げられ、後ろから深く貫かれた瞬間──
「ぁっ……!」
抑えていた声が漏れる。
痛みではない。驚きと、快楽と、何か大きなものに呑み込まれていく感覚。
彼の動きは激しく、けれどどこか丁寧で、私の内側をすべて知り尽くすかのように愛撫してくる。
腰を打ちつけられるたびに、水音と私の喘ぎが重なり、渓流が別の世界に変わっていく。
獣のように本能的で、どこか神聖で。
私はもう“部下”ではなかった。
ただ、ひとりの女として、渇望を曝け出していた。
「イキそう……っ」
「いいよ……そのまま、全部感じて」
体の奥が爆ぜたように快感が広がって、私は彼にしがみついたまま、声にならない声を放った。
ふたり、裸のまま岩に座り、息を整えていた。
風が髪を優しく揺らし、どこか遠くで鳥の声が聞こえる。
彼がそっと私の頬にキスをした。
「……もう戻れないね」
私も、静かに頷いた。
あの渓流で脱いだのは、ただの服じゃなかった。
社会の顔も、理性も、そして、誰かの部下である“私”も。
渓流の水のように、私はすべてを流してしまった。
それでも、後悔はしていない。
あのとき確かに私は、ひとりの女として、生きていた。
湯上がりの肌がまだ熱を持ったまま、私は彼に溶けていった
──旅館の月明かりの下、理性はそっと息をひそめた。
宿に着いたのは、夕暮れもとうに過ぎた頃だった。
長時間の撮影で冷えた身体を温めようと、私たちは部屋付きの小さな露天風呂に入った。
川の音が静かに響き、月の気配が木々を濡らしていた。
無言のまま肩を並べて湯に浸かった彼の横顔は、昼間のそれとは違って見えた。
眼差しの奥に宿るもの──それが欲望だと気づいたとき、私の身体はもう、抗う術を忘れていた。
浴衣に袖を通しても、肌はまだ火照っている。
部屋に戻ると、彼は黙って明かりを落とし、障子を静かに閉めた。
畳に敷かれた布団の上、二人だけの世界が完成する。
彼の指先が私の手を取る。
その手はまっすぐに、私の頬を撫で、耳の裏をかすめ、唇をそっと塞いだ。
「ずっと、抱きたかった……」
呟かれたその言葉に、心が震えた。
私もまた、同じ想いでここにいた。
ただそれを、言葉にする勇気がなかっただけ──。
口づけはゆっくりと始まり、やがて深く、舌と舌が絡み合うたびに呼吸が乱れていく。
指先が浴衣の襟元をほどき、素肌を覗かせた瞬間、彼の吐息が喉元をくすぐった。
「きれいだ……」
そう囁きながら、彼の唇が鎖骨から胸元へと降りていく。
乳房に触れた手が、震えるように優しい。
舌が、もう硬くなった蕾をゆっくりと味わうように転がし、唇でやさしく吸われたとき、私は思わず指で彼の髪を強く掴んでいた。
「そんなふうにされたら……おかしくなっちゃう……」
熱い涙がこぼれそうになるのを堪えながら、私は浴衣の裾を自ら持ち上げた。
彼の手が、濡れた花の奥へ迷いなく伸びる。
指が触れた瞬間、水音のような粘ついた音が静けさを濡らした。
「もう、こんなに……」
恥ずかしさと誇らしさが胸を同時に満たし、私は彼の浴衣の帯を解いた。
硬く脈打つものが、視線の先でこちらを見据えている。
私はそっと手を伸ばし、指先でなぞった。
彼の息が乱れ、私を押し倒すように覆いかぶさる。
ひとつになった瞬間、思わず声が漏れた。
身体の奥まで深く、熱が一気に貫いてくる。
「はぁっ……すごい……っ」
彼の動きは激しく、それでいて、どこまでも私を知ろうとするようだった。
身体の奥の奥まで、すべて暴かれていくようで、何度も絶頂が波のように私を襲う。
「気持ちいい……もっと……」
私自身がそんな声を出す女だとは思っていなかった。
でも今は、すべてを委ね、貪り合うように彼にしがみついていた。
髪を掴まれ、唇を塞がれ、太ももを抱え上げられながら、何度も彼の深さを受け入れた。
汗ばんだ肌が重なり、体温が混ざり合い、ふたりの境界が溶けてゆく。
気がつくと、私は彼の腕の中で、静かに震えていた。
彼の手が髪を撫でている。
まだ身体の奥が、彼の熱を覚えている。
「こんなに夢中になったの、初めてだ」
彼の声が、どこか遠くから聞こえてくる。
私も答えた。
「私も……誰かに、こんなに激しく、求められたの……はじめて」
静かな夜の宿で、私たちは眠ることを忘れて、何度も唇を重ね、身体を絡めた。
月明かりが障子越しに差し込み、交わった身体を銀色に染めていく。
快楽の果てに残ったのは、満ち足りた静けさと、もう後戻りできないという確信だった。
私は確かに、彼を求め、彼に堕ちた。
そしてそれは、きっと間違いじゃなかった──
ひとりの女として、あの夜、生まれ変わったのだから。



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