おばさん家政婦のパンチラ誘惑 柳田和美
夢を追う青年と、彼を支える家政婦──年齢も立場も越えた二人の関係が、夏の光の中で少しずつ変わっていく。
ひとつのまなざし、ひとつの仕草が、やがて彼の心の均衡を揺らす。
“見る”ことと“見られる”こと、その間に生まれる微妙な緊張。
繊細な映像美と抑えた演出が、想像の余白を鮮やかに残す作品です。
【第1部】午後の光に溶ける汗──彼女が家に来た日
父が海外に発ったあと、家は音を失った。
冷蔵庫の低い唸りと、芝を打つボールの音だけが、この空間の存在を証明していた。
俺は朝から晩までパター練習に明け暮れた。
打っても入らない。どれだけ集中しても、芯がずれる。
それが、自分の心の乱れと同じリズムであることを、この時の俺はまだ知らなかった。
昼下がり、チャイムが鳴った。
白いブラウスの襟元に少し汗の跡を残した女が立っていた。
「柳田と申します。お父さまからお話をいただいて…」
その声は、真夏の空気を切るように澄んでいた。
俺より二十以上年上だとすぐに分かった。
だが、その穏やかな笑みの奥に、どこか熱のようなものが潜んでいる気がした。
キッチンから漂う匂い。
包丁がまな板を叩くたびに、油と野菜の音が交互に弾ける。
俺は窓の外で素振りを続けながら、その音に耳を奪われていた。
背中越しに、彼女の身体の線が思い浮かぶ。
細い腕、動くたびに揺れる腰の輪郭。
それを意識した瞬間、グリップを握る手に微かな震えが走った。
「お昼くらい、ちゃんと食べなきゃだめよ」
いつの間にか、彼女が窓の向こうから声をかけていた。
光の粒が彼女の頬を照らし、目の奥に金色の反射が宿っていた。
俺は言葉を返せず、ただ頷いた。
心臓の鼓動がパターのテンポよりも速くなっている。
その日、練習をやめても、手の中にはまだ彼女の声の残響があった。
ボールを打つたびに、あの柔らかい声と、夏の匂いが重なって戻ってくる。
理由は分からない。ただ、胸の奥が、少しだけ疼いていた。
【第2部】静かな午後の震え──距離の中で滲む熱
午後四時。蝉の声が遠のき、庭の芝が黄金色に変わる。
和美さんは、俺のパター練習を見てくれていた。
「打つ前に、少し呼吸を整えて」
そう言って、彼女は後ろから俺の手の動きを見つめていた。
その声の柔らかさが、風よりも近くにあるように感じられた。
ボールが転がる音。
それに重なるように、背後から微かな衣擦れが聞こえる。
振り向くことはできなかった。
視界の端で、白い布の裾が揺れるのを見ただけで、心臓の拍が変わる。
「力を抜いて。そう、肩を少し下げて」
背後から彼女の指が肩に触れた気がした。
ほんの一瞬。
けれど、その温度が腕から胸の奥まで広がっていく。
俺は呼吸を乱さないように、芝の上の一点だけを見つめた。
けれど、ボールの白さがぼやける。
集中と混乱が、同じ速度で脈を打つ。
打った瞬間、ボールは真っ直ぐに転がり、カップの底で乾いた音を立てた。
「今の感覚、覚えておいて」
和美さんの声は穏やかだった。
だが、その声音には、何か別の意味が滲んでいた。
俺の中で、技術の話と、もっと曖昧な欲望の境界がゆっくりと溶けていった。
【第3部】夜の芝に落ちる月──静かな覚醒
夜になっても、芝の上に立っていた。
空気は昼より重く、呼吸をするたびに土の匂いが胸に残った。
月明かりがボールを照らしていた。白く、冷たい。
打っても、転がる音が静かすぎて、自分の鼓動のほうがよく聞こえる。
家の中から、かすかな食器の音。
和美さんが片付けをしているのだろう。
窓越しに見える横顔が、昼とは違って見えた。
あの時感じた温度が、もう一度、胸の奥で蘇る。
練習を続けようとしたが、手が動かない。
身体の奥に、言葉にならないざわめきが広がっていた。
あの瞬間から、俺の中の何かが少しずつ形を変えている。
彼女の声、指先、揺れる裾。
それらがひとつひとつ、夜の空気に溶け込みながら、
俺の意識の中で静かに再生されていく。
「今日はもう終わりにしましょう」
背後から声がして、振り向くと、彼女が立っていた。
ライトの光が髪の一筋を銀色に変える。
その姿を見た瞬間、言葉が喉に詰まった。
言いたいことはあった。けれど、何も言えなかった。
ただ、目を逸らせなかった。
この距離のままで、永遠に動けないような感覚。
彼女の微笑みが、夜気に触れて揺れた。
それだけで、世界が少し違って見えた。
その夜、部屋に戻っても、
俺は何度も目を閉じ、彼女の姿を思い出していた。
眠れない夜。
けれど、その眠れなさが、なぜか心地よかった。
まとめ──あの夏の余韻
あの夏を思い出すたび、芝の匂いが胸の奥で蘇る。
練習と孤独のあいだに、突然流れ込んできた誰かの気配。
それは恋でもなく、欲望だけでもなかった。
ただ、何かが確かに動き始めた瞬間だった。
和美さんの存在は、技術や努力の外側にある“人の温度”を思い出させてくれた。
あの日から、俺のショットは変わった。
まるで、自分の中の静かな熱を感じ取れるようになったように。
集中とは、心が裸になることなのかもしれない。
彼女が去ったあと、家はまた静けさを取り戻した。
けれどその静けさの底には、もう以前の空白はない。
月光に濡れた芝の感触、呼吸のリズム、声の余韻──
それらが俺の記憶のどこかで今も生きている。
そしてときどき思う。
あの夏、パターの芯を捉えた瞬間。
本当に転がっていたのは、ボールではなく、
俺の心そのものだったのかもしれない。




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