【第1幕】湯けむりに溺れて──人妻と目が合った夜
夜が落ちていた。
深い山間の、古びた木造の温泉宿。虫の音さえ遠く、何もかもが湯気とともに滲んでいた。
社員旅行──それは名ばかりの、酒と虚勢にまみれた宴席だった。
乾杯の音頭が終わって数分、僕の手にはすでに重たくなったビールのグラス。
アルコールに弱い僕は、笑ってごまかしながら口元を濡らし、あっけなく降参した。
宴会場を早々に抜け出し、自室の畳に横になる。
浴衣の襟が汗に貼り付き、体の芯に残った火照りだけが、眠気を拒んでいた。
どれくらい寝ていたのだろう。
目を覚ますと、宿はすでに深夜の静けさに沈んでいて、外には誰の足音もない。
寝汗でべたついた肌がどうしても不快で、ひとり風呂を求めて廊下へ出た。
廊下はひやりと冷たく、裸足がきしむ畳を踏みしめる音だけが微かに響いた。
本館の内湯は、夜間清掃で入れないらしい。
仲居さんが小声で教えてくれた。「別館の露天でしたら、もう掃除は終わっておりますよ」
別館。
夜の空気を吸い込みながら中庭を抜けると、苔むした石畳が雨に濡れたように光っていた。
どこか時間の止まったようなその空間に、僕はたったひとりのはずだった。
──なのに。
「こんな時間に、どこ行くの?」
背後から聞こえたその声に、肩が跳ねた。
振り返ると、そこに立っていたのは美恵さん──総務課で数ヶ月だけ手伝っている、臨時職員の人妻だった。
白い浴衣を羽織り、腰紐を少しだけ緩めたその姿は、会社で見る彼女とはまるで違った。
髪をゆるくまとめ、片手にはタオルを持っている。どこか夢の中のように現れて。
「露天、行こうかと思って……本館は清掃中で」
「ふふっ。奇遇ね、私も寝つけなくて。少し、体を温めたくて。……ねえ、一緒に行ってもいい?」
冗談のように笑って、彼女は僕の隣に並んだ。
その瞬間だった。
鼻腔をくすぐったのは、微かに甘く湿った香り──
女の人の、夜の気配。
月の明かりに照らされて、浴衣の裾から覗いた足首が、まるで誘うように揺れていた。
「じゃあ、先に入って待ってます」
そう言って、僕は先に石畳を進んだ。
けれど心は、妙な期待と不安で騒がしくなっていた。
──まさか来るわけがない。
そう思っていた。
湯に身を沈めて、火照る頬を冷やしていた、ほんの五分ほどの後までは。
……それは、まるで幻のようだった。
湯けむりの奥から、彼女が現れたのだ。
濡れた足音を静かに響かせ、手ぬぐいだけで前を隠しながら、
露天風呂の岩肌に足をかける。
そして、湯に沈む僕のすぐ隣──腕が触れそうな距離に、ゆっくりと腰を下ろした。
「ふふ……こっちの湯、思ったより熱いわね」
その声は、今まででいちばん女だった。
肩から落ちかけた浴衣の隙間に、ほんのりと谷間が覗いていた。
それに目を奪われる僕の様子を、美恵さんは見逃さなかったのだろう。
くすっと笑って、湯に腕を浸けながら、わざとらしく身体をこちらに寄せてきた。
「……ねえ。お酒、弱かったのね?」
さっきの宴で見せた僕の酔い方を覚えていたらしい。
そう言って笑う彼女の肌は、湯の中でほのかに光り、滴る湯気がまるでベールのようだった。
視線を逸らすことができなかった。
そして、なぜか──股間が熱く脈打ち始めていた。
彼女の脚が、湯の中でそっと僕の太ももに触れた気がした。
「……彼女、いるの?」
その問いかけが、静寂の中にしずくのように落ちる。
──これは、ただの慰安旅行なんかじゃない。
どこかで、僕はもう気づいていた。
あのとき、彼女が笑って“ついて行こうかしら”と言った瞬間から。
すべてが、始まっていた。
【第2幕】背中に触れた女──濡れてしまったのは肌だけじゃなかった
湯けむりは、もう空気ではなく、肌にまとわりつく湿った意志だった。
彼女が隣にいる──それだけで呼吸が浅くなり、湯の温度さえ変わったように感じた。
ふと、美恵さんが湯から腕を出して、ぽつりと呟いた。
「……あなたの背中、流してあげようか?」
不意の言葉に、僕は湯の中で小さく息を呑んだ。
「いえ、そんな……」
断ろうとする声が、情けないほどに震えていた。
「遠慮しないの。背中くらい、流したって誰も怒らないわよ」
そう言って彼女は、もう立ち上がっていた。
湯から上がった彼女の脚が、夜気に濡れた月の光に照らされる。
濡れたタオルが腰に巻かれただけのその姿は、まるで夢の中の女だった。
腰骨のライン、太ももを伝う一滴の湯、肌を這う湯気までもが官能だった。
「そこ、縁に座って」
促されるまま、僕は湯を出て、石の縁にうつむくように腰を下ろした。
すぐ後ろに、美恵さんの気配が迫る。
タオル越しにそっと添えられた手が、背中を撫でる。
その瞬間、心臓の鼓動が一拍、ずれた。
滑らかな指先。
石鹸の香りに似た匂いが、彼女の吐息と共に後ろから降りてくる。
肩甲骨のあたりを撫でられながら、何も言えずにいると、彼女の唇が耳のすぐ裏に落ちた。
「……ねえ、私がなんで、眠れなかったか……わかる?」
その声は、熱に濡れていた。
「……わかりません」
そう答えるのがやっとだった。
本当は、聞きたくなかった。けれど聞きたくて、身体のどこかが期待していた。
彼女の指が、背中から腰へとゆっくりと下りていく。
湯上がりの肌をなぞるその動きは、洗うためではなく、感じさせるためのものだった。
そして──ふいに、彼女の胸が僕の背中にぴたりと触れた。
柔らかい、と思った瞬間には、もう呼吸が乱れていた。
「……私ね、お酒を飲むとね、ちょっとだけ、こう……欲しくなるのよ。男の人の身体が」
その言葉が、耳から首筋に流れ落ちて、皮膚がじわじわと反応していく。
「ずっと我慢してたの。でも……夜中にこんな風に、あなたが歩いてるの、見ちゃったら……だめよ、我慢なんて」
言葉の最後と同時に、彼女の手が僕の胸元へと回り込み、抱きしめられる形になる。
その手は、ただ抱きしめるためのものではなかった。
ゆっくりと、指先が腹を撫で、下腹部へと近づいていく。
「ほら……もう、こんなに熱くなってる」
浴衣の下。
勃起したそこに、柔らかくも確かな指が触れた瞬間、背中が跳ねた。
「童貞……なんでしょ?」
囁かれた言葉に、身体中の血が逆流するような感覚が走る。
「ねえ、初めての女が、人妻でも……いい?」
もう返事は要らなかった。
僕の息の乱れと、肌の熱と、隠しようのない鼓動が、すべての答えだった。
彼女の手が、浴衣の隙間から器用に忍び込む。
そのまま指先でゆっくりと扱かれ、溜まっていた欲望が、一気に暴れ出した。
吐息が漏れた。
恥ずかしいほど高く、熱を帯びた声が。
彼女は笑って、僕の頬にそっとキスを落とした。
「かわいい声……もっと、聞かせて」
夜の露天風呂。
湯けむりと、湿った空気と、理性を溶かす吐息だけが、そこにあった。
そして僕は、もう抗う理由をひとつも持っていなかった──。
【第3幕】許された体内──人妻の奥で、初めてを壊された夜
彼女の指が、僕のものを確かめるように撫でていた。
熱を帯び、脈打ち、息苦しいほどに硬くなっていたそれを、
美恵さんはまるで愛おしむように包み込んだ。
「……あら、大きいのね。童貞くんには、ちょっと可愛くないわ」
そう囁きながら、手ぬぐい一枚を滑らせて落とす。
夜風にさらされた肌に、彼女の吐息がそっと触れた。
跪くようにして顔を近づけた彼女の唇が、先端にふれる。
熱く湿った舌が絡まり、粘膜が溶け合う。
ぬちゅ、くちゅ、ずず──
そんな音が、湯けむりに紛れて夜に染み込んでいく。
「あ……だ、だめです……もう……」
情けないほど早く、限界が迫ってくる。
彼女は唇を離し、濡れた口元で笑った。
「ふふ……初めてなんだもの、しかたないわね。でも──」
浴衣を脱ぎ捨て、腰に残ったタオルだけを外す。
その瞬間、彼女は“妻”でも“職場の人間”でもなくなった。
「せっかくだから、ちゃんと女の中で果てて」
そのまま、彼女は膝をついて僕の上にまたがった。
脚の間に僕を挟み、熱を孕んだあの場所を、そっと押し当てる。
「あたしの中……君に許してあげる」
ぬるん──と柔らかな粘膜が、僕の先端を迎え入れる。
その瞬間、背筋がしびれるような快感が駆け抜けた。
「奥、まで……入れるわね……?」
そう言ったかと思うと、彼女は腰を一気に落とした。
パン、と音を立てて僕の身体が吸い込まれる。
ぬくもり、湿度、きゅっと締めつける柔らかな襞。
そのすべてが、まるで僕の“最初”を歓迎してくれているようだった。
「ああっ……」
あまりの快感に、身体が跳ねる。
恥ずかしさも、痛みも、ただただ圧倒的な快感に押し流されて──
気がつけば、彼女の奥で果てていた。
「……ふふ、すごい量。若いって、いいわね」
彼女はそのまま、ゆっくりと腰を動かし始める。
出したばかりのはずの僕が、また彼女の中で硬さを取り戻していく。
「まだ……できるでしょ?」
声色が変わっていた。
奥に誘うように、蠢くように、彼女が僕を育てていく。
クチュ……クチュ……
下腹部で繰り返される水音が、快感の渦を呼び起こす。
何度も突き上げ、彼女の中に溺れていくたびに、
“自分が女を抱いている”という実感が、脳と体を狂わせていく。
正常位に変えた時──
うまく入らず戸惑う僕に、彼女は優しく囁いた。
「……君の、さっきの精子がまだ中にいる。そこに、そっと重ねて」
指で自らの膣口を開き、僕を導くように当てがう。
ずぷ、と音を立てて、また奥へと沈む。
「ああ……来て……子宮の奥、あたしのいちばん深いところまで」
突き上げるたび、彼女の身体が跳ねる。
声が、徐々に濡れていく。
「あっ、そこ……そこよ……もっと……突いて……ッ」
人妻としての日常の皮を剥がし、
ただの女として震えながら僕の名も呼ばずに何度も絶頂を迎える姿。
汗、吐息、指先、熱。
すべてが、僕を“男”に変えていく。
そして、4度目の絶頂が近づく。
彼女の中が、きゅっと締まる。
「……いっしょに……出して……ッ」
彼女の脚が僕の腰に絡みつき、もう逃げ場はなかった。
「あぁ……いきます……ッ」
突き上げた瞬間、彼女の奥がきゅうっと震えて、
僕はそこで果てた。
押し寄せる快楽の波の中で、
自分が壊れていく音を、はっきりと聴いた。
終幕──「背徳」ではない、「記憶」
露天風呂の湯けむりは、もうすっかり冷えていた。
抱き合ったままの身体に、夜の風が優しく触れる。
「……ありがとう。忘れられない夜になったわ」
そう囁いた彼女の瞳に、後悔も、罪悪感もなかった。
あるのはただ、
**本当に誰かに求められた女の幸福な“余韻”**だけだった。
──僕は、その夜を、背徳とは思わなかった。
むしろ“許された”ように感じた。
あの夜、彼女の中にいた僕こそが、
一番、僕らしか知らない真実だったから。




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