【第1幕】
「白いシャツに、汗とアルコール──誰よりも遠かった女が、一番近くにいる夜」
彼女のシャツの胸元が、ゆっくりと緩んでいくのを見たとき、
私は一瞬、自分の鼓動が“誰かのもの”になったような錯覚を覚えた。
四月の終わり、金曜の夜。
繁忙期が過ぎたばかりのオフィスには、静けさと、微かな湿気が残っていた。
天井の蛍光灯が一部だけ消え、フロアの片隅では掃除機の音さえもう消えていた。
残っていたのは、私と、女性部長──柊 結花(ひいらぎ・ゆか)さん、ただ二人。
40歳、未婚。清楚でスレンダー。けれど、誰よりも近寄りがたい空気をまとっていた。
誰に対しても穏やかで、厳しくて、距離を崩さない。
部下からの評判も完璧。男の影も見えない。けれど誰もが、彼女を“見て”いた。
私も、その一人だった。
同じ会議室で並んでいても、隣に座るだけで汗ばむような緊張感。
彼女の髪の揺れや、書類に添える指の白さに、鼓動を持っていかれていた。
「今日は、ありがとう。…付き合わせちゃってごめんなさいね」
そう言って、彼女は缶のハイボールを差し出してきた。
自販機で買ったコンビニのハイボール。スーツのまま、会議室で乾杯。
「…私、お酒弱いんだけど、たまに飲みたくなるの」
わずかに紅潮した頬。前髪の隙間からのぞく額に、ほんのりと汗。
彼女の白いシャツが、胸の位置でほんの少しだけ浮いて、湿って、貼りついていた。
ブラのラインは見えない。でも、その「見えなさ」が、何よりも艶かしかった。
「…酔っちゃったかも」
彼女が笑った。
笑って、額に手を当て、斜めに椅子にもたれる。
そのとき、彼女の脚が組み変わり、スカートがほんの数センチ、ずれた。
絶対に見せるはずのなかった太腿の、最も柔らかな内側が、覗いた。
私は思わず、視線を逸らした。けれど、逸らしきれなかった。
逸らした先には、彼女のうなじ、解かれた髪、襟元から見えかけた素肌。
「…ねえ」
声が、低く落ちた。
「あなたって、…ずっと私のこと、見てたでしょ」
一瞬、耳が赤くなったのが自分でも分かった。
彼女は、それを見て、笑うでもなく、ただ、まっすぐに見つめていた。
「…嘘は、いらないの」
その瞬間だった。
彼女が自ら、シャツのボタンを、ひとつ、外した。
その仕草に、意味はなかった。
でも、意味しかなかった。
ゆっくりと、空気が変わった。
「わたし、今日…、ほんとうに酔ってると思う?」
その問いかけは、甘さではなく、試すような鋭さを孕んでいた。
「酔ってたら、あなたの前で、こんなこと…すると思う?」
シャツのボタンが、またひとつ、外れた。
湿度が、会議室の中で弓のように張り詰めていく。
彼女の指先が、自らの喉元にふれ、汗を辿る。
その動作があまりに官能的で、艶やかで、生々しくて、
私はそれを“見ている”自分の理性を、まるで他人のもののように感じていた。
「…触れてごらんなさい」
彼女の声は、命令ではなかった。
けれど、抗えなかった。
私は、シャツの隙間に手を差し入れた。
布の向こうの、滑らかな肌と、鼓動の波が、私の手のひらに移ってくる。
「ねえ…まだ、こんなに、熱いの…」
耳元で囁くその声は、もう部長のものではなかった。
女の声だった。
【第2幕】
「指が語る場所、舌が覚えてしまう熱──許される前に溶けてしまった夜」
指先が、喉元の湿度をたどってゆく。
彼女の肌は、想像よりずっと滑らかで、
薄いシャツ越しに感じていた“遠さ”とは違いすぎて、
触れているのは私のはずなのに、触れられているのは私の方だった。
「……もう少し、深く触れてもいいのよ」
彼女の声は、潤んだ唇から、熱を含んで落ちた。
それを合図にしたように、私の指が、ゆっくりとシャツの隙間へと滑り込んでゆく。
柔らかな下着のレースが指にかかり、その下にある曲線をたどる。
小ぶりで、でも形の整った胸が、指の動きに合わせてわずかに波打つ。
「そこ……、好き。…触られると、思い出しちゃうの」
「何を…?」
彼女は答えなかった。
ただ、左手で自らスカートのファスナーを下ろし、片脚を組み替えながら、
ショーツの上から自分の腿を撫で、スカートを滑らせて、床に落とした。
その仕草は、服を脱いだのではなく、“距離を脱いだ”ようだった。
彼女は、私の前で、初めて脚を開いた。
黒いレースのショーツがうっすら湿っていて、
その湿り気に気づいたのは、目よりも先に、鼻だった。
「…匂うでしょう?わたし、ずっと我慢してたの」
ゆっくりと立ち上がり、私の膝の上に跨るように座る。
スカートのない脚が、私の太腿の内側に吸いつくように触れ、
彼女の中心部が、布越しに私の欲望を感じ取ってくる。
「我慢、してたのは私も──」
そう言うと、彼女は私のシャツのボタンをほどき、
そのまま唇を、私の首筋に押し当てた。
舌先が、喉の骨に触れた瞬間、
私の身体が、彼女の掌の中で跳ねた。
「……かわいいのね」
彼女は、少しだけ笑った。
笑ったまま、腰を前後にわずかに揺らしながら、
私のズボンの上から中心を擦り付けてくる。
ショーツの湿りが、生地の摩擦で広がっていくのが、はっきりとわかった。
それは恥ずかしさではなく、自らが濡れてしまったことを、相手に教えに来たような動きだった。
彼女が、私の耳元で囁く。
「わたし、いつも冷たいって思われてたけど……ねえ、触れてみて?本当のわたし」
私はそっと、ショーツの端に指をかけた。
わずかに抵抗するレースを超えると、すぐに、熱を帯びた粘膜が現れる。
ぬるりと濡れたそこは、すでに迎え入れる準備を終えていて、
それを知った瞬間、私の喉が無意識に音を立てた。
「そんなに…濡れてたの…?」
彼女は首を傾げ、目を伏せたまま、ひとつ頷いた。
「ずっと…濡れてたの。あなたを“部下”として見ていた時から、ずっと」
私はゆっくりと指を沈めた。
一指、そして二指。
指の腹で奥の壁を探ると、彼女の身体が、跳ねた。
「あっ……そこ、……やだ……っ」
言葉とは裏腹に、彼女は膝を私の腰に絡め、
より深く、より激しく、私の指を締め付けてきた。
私はその奥を、リズムを変えながら掻き混ぜ、
親指で彼女の秘部の突起をゆっくりと撫でる。
「んっ、や……それ、すぐ……っ」
彼女の言葉が崩れ、背中が反った。
「…あなたの指、…こんなに、気持ちいいなんて、ずるい……」
そして、彼女は自ら身体を沈めてきた。
濡れた膣が、私の硬くなったものを吸い込み、
根元まで飲み込んだ瞬間、彼女は深く息を吐いた。
「……ああ……やっと…奥まで」
騎乗位。
でもそれは、女が支配するための体位ではなかった。
「わたし…上にいるのに、支配されてるみたい…あなたの熱に、溶かされてる」
彼女は腰を揺らす。
小さな動きだった。けれど、そこに詩があった。
締めつけ、濡れ音、滴る汗。すべてが、交差してゆく。
「もっと、…もっと奥に…っ」
私は彼女の腰を掴み、反転させた。
彼女の身体が、ソファの上に崩れる。
脚を抱え込むようにして、奥を貫いた。
正常位。
汗ばんだ胸を重ね、目と目を合わせたまま、
彼女の奥に、自分の全部を、ゆっくりと注いでいく。
「ああ…それ、だめ…好きすぎて…壊れそう……」
そう言いながら、彼女は腰を浮かせて私を迎え入れた。
そして、もうひとつの体位へ──
後ろから、机に手をつかせて、
白い肌に汗が垂れ、肢体が折り重なってゆく。
「…お願い、…もっと…奥…奥を……」
彼女の声が割れて、室内に響いた。
そして──
彼女の腰が跳ね、脚が震え、
全身が波のように痙攣した瞬間、
私は彼女の中で、すべてを溶かした。
【第3幕】
「声が残る、シャツの襟元に──崩れた夜の、そのあとの熱」
彼女の中で果てたあとも、私はまだ、深く繋がったままだった。
呼吸が、二人のあいだから絡まり、溶け合っていた。
彼女の太腿は小刻みに震えていて、
背中から腰へ流れる汗が、ソファのレザーに小さく音を立てて落ちていた。
「……なんて顔、してるの」
彼女が笑った。
目元に汗をにじませ、髪を乱しながら、微笑んだ。
「部長の顔じゃないよ、いま」
「……部長なんて、もういないわよ。あなたが壊したんでしょう?」
その言葉に、私の奥がまた熱を帯びてゆく。
私はそっと彼女を仰向けに寝かせ、脚を開き直し、
ゆっくりと、また自分を押し入れていった。
「……っ、また…?すごい…っ、もう……だめ……」
声が、崩れてゆく。
理性がない。羞恥もない。
あるのは、欲望と、身体の律動だけ。
「ねえ……このまま……潰して?」
彼女の言葉が、囁きよりも甘く沈んだ。
「あなたに、全部潰されたいの。今夜だけ、女でいたい……わたし」
何度も何度も、奥を貫いた。
ひとつ、ふたつ、ひび割れるような絶頂が彼女を襲うたび、
私はそれを見届けるように、目を離さなかった。
「……んっ、ん、あ……いく……っ、もう、いくの……」
最後の震えは、静かだった。
喉を詰まらせたような呼吸。
押し殺した声。
締めつける膣の中で、私もまた、自分を溶かしていった。
彼女の奥に、すべてを注いで、
私はそのまま彼女に倒れ込んだ。
重なった身体のあいだに、まだぬるく湿った空気が流れていた。
目を覚ましたのは、始発の音だった。
白く濁った窓の外に、淡い朝の気配が滲んでいた。
隣では、彼女がうつ伏せで眠っている。
白いシャツを羽織ったまま、膝を立てて、肌蹴た背中が見えていた。
私はそっと立ち上がり、床に落ちた彼女のスカートと下着を拾った。
まだ湿っていた。
それを握った指先に、夜の余韻が染み込んでゆくようだった。
「……起きたら、また普通に戻れるかな」
そう呟いた自分の声が、意外なほど震えていた。
けれど、その瞬間。
うつ伏せの彼女が、寝たふりのまま、ふと囁いた。
「ねえ…また“酔わせて”くれる?」
声だけが、私の中に、残った。
そしてそれはきっと、
あの夜いちばん濡れていた場所と、
同じくらい深いところに、染み込んでいった。




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