二世帯住宅NTR 妻が娘の亭主に寝取られた…。
母・妻・女としての「めぐみ」の内側に芽生える衝動は、単なる不貞ではなく、忘却と再生の物語として描かれる。
光の差す台所、階上から漏れる気配、何気ない会話の一瞬——そのすべてが、触れられぬ官能の緊張に満ちている。
登場人物たちは誰も悪人ではなく、ただ人間として生きようとする。
だからこそ、この作品には、倫理よりも先にある“生の湿度”が息づいている。
見る者の心に静かな罪悪感と甘い余韻を残す、成熟した心理劇である。
【第1部】沈黙の温度──二世帯住宅の雨の午後
神奈川県・鎌倉。
海からの湿った風が、改築したばかりの家の廊下を抜けていく。
五十歳の高村めぐみは、窓越しに雨の粒を追っていた。
彼女の隣で、夫の**高村誠司(52)**が新聞を広げる。
二人のあいだに、言葉はもう季節のように巡るだけで、互いの体温に届くことはなかった。
二階には、娘の**美羽(27)と婿の篠田慎司(29)**が暮らしている。
新しく改築したこの二世帯住宅は、幸福の象徴のはずだった。
だが、静かな壁一枚の向こうに、若い夫婦の生活音が漏れ聞こえるたび、めぐみの胸の奥で何かがざらついた。
慎司は礼儀正しく、誠実な青年だった。
だが、ときどきふとした瞬間に見せる眼差し――たとえば洗い物をしているとき、めぐみの指先が泡に濡れるその瞬間――その目が、何かを測るように動くのを感じる。
その視線に、めぐみの中の“忘れていた女”が、息を吹き返す。
「めぐみさんって、やっぱり美羽さんに似てますね」
ある日、慎司がそう言った。
階段の踊り場で、すれ違いざまに。
その言葉は何でもないように放たれたのに、彼女の中では雷鳴のように響いた。
似ているということは、代わりになれる、ということではないのか――。
そんな思いが、指先の奥で熱を帯びた。
その夜、雨音の向こうから、階上の軋む音が聞こえてきた。
耳を塞ごうとしても、心が塞げない。
めぐみは薄い寝間着の襟を握りしめたまま、闇の中で目を閉じた。
身体の奥で、誰にも知られない鼓動が静かに暴れ出していた。
【第2部】揺らめく境界──覗かれる者と覗く者
翌週、陽射しが戻った。
風が廊下を抜け、新しい家の木の匂いを運んでくる。
めぐみは、二階の踊り場に立っていた。
掃除の途中だと自分に言い聞かせながら、視線は自然と半開きのドアの先に滑っていく。
そこには、美羽と慎司の部屋。
カーテン越しに柔らかい光が差し込み、淡い影が壁を撫でていた。
なぜ、こんなにも胸が騒ぐのか。
自分の娘が幸せであることを確認したい――その建前の下に、
もっと深く、名づけようのない衝動が潜んでいることを、めぐみは知っていた。
彼女は、見てはいけないものを“見ようとする”自分に怯えながらも、
その怯えの中にしか感じられない“生”の手触りを求めていた。
慎司の声が、笑いながら、美羽の名を呼んだ。
それだけで、めぐみの膝がわずかに震えた。
声は天井を伝い、床を這い、めぐみの内側に染み込む。
そして、気づいた――これは単なる覗きではない。
覗くことで、覗かれているのは自分の心そのものなのだ。
慎司がふと振り返る。
ドアの向こうの気配に、何かを感じ取ったのかもしれない。
その瞬間、二人の間に流れた沈黙は、
欲望よりも深い理解のようなものを孕んでいた。
めぐみは逃げるように階下へ降りた。
手のひらには、掃除機のスイッチよりも確かな鼓動があった。
胸の奥が熱い。
まるで、長い眠りから覚めた心臓が、ようやく本来の拍動を取り戻したように。
【第3部】沈黙の共犯──欲望が名を失う夜
その夜、風が止んだ。
家全体が呼吸を忘れたように静まり返る。
二階から微かな足音がして、めぐみは思わず顔を上げた。
時計の針は、日付をまたぐ直前で止まっている。
階段の影に立つ慎司の姿を見たとき、
めぐみはもう、何も言葉を持たなかった。
光ではなく闇が、二人をつなげていた。
「寝られませんか」
その声は囁きに近く、
けれど確かに、彼女の中の何かを撃ち抜いた。
ほんの数秒。
二人の間を、雨上がりの匂いが流れる。
その匂いは、湿った土と記憶の混ざりあった匂いで、
長い時間を経てようやく開いた花弁のように、ゆっくりと彼女を包んだ。
慎司の視線が、めぐみの喉元に落ちる。
そこに、言葉ではなく“体温”の会話が生まれた。
互いに何も触れず、何も求めず、
ただその場に立つだけで、
心臓が肌のすぐ下で暴れるのを感じる。
音がないのに、音がした。
それは血流の響き。
誰にも聞こえない欲望の音。
めぐみはその音に導かれるように、
胸の奥の小さな火を押さえきれなくなっていた。
慎司が一歩近づく。
その距離は、言葉の届く限界線。
めぐみの唇が微かに震え、彼の名を呼びそうになる。
だが、声は出なかった。
代わりに、沈黙がすべてを語った。
世界が、静かにひとつの呼吸になった。
触れなかった。
それでも、確かに触れたのだ。
欲望が“形”を持たぬまま、二人のあいだで膨張していく。
それは、愛よりも深く、罪よりも静かな、原始の熱だった。
朝が来たとき、
めぐみは庭に出て、濡れた草を踏んだ。
足の裏から、昨夜の記憶が体温のように立ち上がる。
慎司の姿はもうなかった。
だが、どこかで誰かの心臓が、まだ彼女の中で鼓動していた。
【まとめ】欲望の行方──触れずに堕ちるという救い
二世帯住宅という構造は、家族という名の安心を約束するはずだった。
けれど、壁が薄いということは、心の距離もまた薄くなるということだ。
めぐみと慎司が交わしたのは、言葉でも肉体でもなく、沈黙の呼吸だった。
そしてその沈黙こそが、最も深い官能のかたちだった。
人は、触れたいという衝動の中で、触れないことを選ぶとき、
もっとも美しく、もっとも残酷になる。
欲望とは、燃えることではなく、燃え尽きないまま生き残る火なのだ。
翌朝、めぐみは濡れた草の上で立ち止まり、
風の音の中に慎司の息づかいを聴いた気がした。
それは幻でも、記憶でもない。
欲望が生き続けるということは、
それが現実よりも長く、静かに人の中で呼吸し続けるということだった。
愛は、約束によって結ばれる。
けれど、欲望は偶然のまなざしによって芽吹く。
それを否定することは、人間であることを否定するのと同じだ。
誰も罪を犯さなかった。
それでも、この家には確かに罪の香りが漂っている。
それは、めぐみの肌に残った風の感触であり、
慎司の瞳に残った光の記憶だった。
そして、読者よ。
もしあなたの心の奥にも、
言葉にできない“微熱”がひとつ、静かに灯ったなら、
この物語はそこで完成する。
欲望は伝染しない。
ただ、思い出という形で、次の誰かの呼吸に受け継がれるのだ。
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