「お母さん、彼も一緒に行っていい?」
夕食の食卓で、娘の紗季がそう言ったとき、私は一瞬箸の動きを止めた。
夫は缶ビールを片手に「いいじゃないか、若い人がいた方が盛り上がる」とすぐに頷いた。
私も仕方なく微笑んだけれど、心のどこかが小さく波立っていた。
娘の彼──達也くん。
20歳の大学生。真面目で素朴な印象の青年だった。けれど、その視線だけがどこか大人びていて、ふいに私の内側を掠めてくることがあった。
家族旅行は、春の伊豆。
山の静けさと、硫黄の香りがわずかに鼻に残る古い旅館。
部屋に案内されたとき、私はふと、この静寂に何か危ういものを感じていた。
けれど、それが何なのか、このときはまだ、わかっていなかった。
部屋の鏡の前で浴衣を合わせるとき、視線を感じて振り返ると、
彼が立っていた。
娘と話していたはずなのに、目は私を見ていた。
「……お母さん、浴衣、すごく似合ってます」
その言葉は、娘の彼が私にかけるには、少しだけ濃度が高すぎた。
胸がざわついた。
けれど私は笑って、何気ない風を装った。
夕食の席。
夫は焼酎を、娘は梅酒を。ふたりはすっかり上機嫌で、早々に布団に潜ってしまった。
私は少し風に当たりたくなり、縁側の先にある足湯へと歩を進めた。
照明の落ちた木の廊下、ゆっくりと軋む音。
足湯にたどり着いたとき、誰もいないことを確認して、浴衣の裾を捲り、そっと足を湯に沈めた。
白く湯気が立つなかで、ふくらはぎがしっとりと濡れていく感覚。
そのひとときの静けさが、心地よくもあり、どこか満たされない感情を呼び起こしていた。
「……こんなところにいたんですね」
静寂を破ったのは、彼だった。
達也くんが缶ビールを片手に、浴衣姿で立っていた。
「ちょっと、涼みに」
そう答える私に、彼は隣に腰を下ろした。
湯のなかで足が触れ合ったとき、私は息を呑んだ。
「……さっきから、ずっと見てました」
「え?」
「お母さんのことです。浴衣姿も……髪をまとめたうなじも、ずっと目で追ってました」
それは、娘の恋人が叔母のような年上の女に告げるには、あまりにも率直な告白だった。
「……酔ってるの?」
「少し。でも、本気です」
私の心がざらりと音を立てて剥がれ落ちるようだった。
夫も娘も、眠っている。
月明かりと湯気が漂う、ふたりきりの空間。
静かに湯から足を上げ、膝を崩すように座り直した私は、わずかに浴衣の裾をはだけさせた。
彼の目が、それに気づき、明らかに揺れた。
「お母さん……色っぽい、です」
頬を染めた彼の表情に、私は何かを試すように微笑んだ。
抑えてきたものが、少しずつ崩れていくのを感じながら。
彼の手が、そっと私の足に触れた。
その瞬間、皮膚の奥で心音が跳ねた。
「ダメよ」と口では言った。
けれどその手を振り払うことはしなかった。
指先が肌をなぞり、浴衣の内側を探る。
唇が近づき、耳元に囁く吐息が熱を帯びていく。
「もう……止められそうにないんです」
私の中で何かが、完全にほどけた。
──このままいけば、きっと戻れない。
でも、戻りたいとも思わなかった。
私の指が彼の首筋に触れたとき、唇が重なった。
若さと戸惑い、衝動と欲望。
それらすべてが、唇から唇へと移っていく。
舌が触れ、絡み、離れ、また求め合う。
彼の手は私の背を這い、帯を解こうと探る。
ほどかれるたび、女としての自分が、少しずつ露わにされていくようだった。
胸元を開かれたとき、彼の目が私をなぞった。
恥ずかしさと昂ぶりの狭間で、私は息を止める。
けれど彼の手がそっと触れたとき、その指先が熱くて、泣きたくなるほど嬉しかった。
私の肌が、女としての感覚を思い出していく──
そして次の瞬間、ふたりの影が静かに重なっていった。
浴衣がすべてはだけ、
月の下、私は娘の彼に抱かれていた。
湯の香と湿った夜風が肌に貼りつき、
浴衣の裾を捲ったまま、足湯の縁に腰を浮かせるようにして横たわる私に、
彼──達也くんは、若さのすべてをぶつけてきた。
初めはぎこちなかった腰の動きが、
私の喘ぎとともに徐々にリズムを得て、
打ち込まれるたびに、熱い波が腹の奥で弾ける。
「気持ちいい……そこ、もっと……」
自分で自分の太ももを抱きしめながら、私は彼の身体を深く迎え入れる。
娘の彼氏に抱かれながら、
“見られているかもしれない”という背徳が私の内側を淫靡に濡らした。
夫と娘が寝ているすぐそばで、
私は、彼の若い熱を自分の奥に抱きしめていた。
「お母さん……ダメだ、もう……イキそう……」
耳元で彼がそう呟くと、
私は自然に脚を強く絡ませて囁いた。
「全部、出して……私の中に……お願い……」
次の瞬間、彼の身体が震え、
熱い奔流が私の中に注がれていく感覚に、
私は全身を震わせながら果てた。
息が乱れ、汗が流れ、
見上げた月が、まるで冷ややかに私たちを見下ろしているように思えた。
けれど──
もう何も、悔いなどなかった。
私は、娘の彼に抱かれて、確かに“女”に還ったのだから。
そして、その夜はそれだけでは終わらなかった。
誰にも聞かれぬよう旅館の部屋に戻ったあと、
再び私たちは、布団の中でひそやかに結ばれた。
「ここ……私の一番感じるところ……」
「お母さん……本当に……キレイすぎて……」
娘と夫が寝ている布団の向こう側。
私は布団をかぶったまま、声を殺して快楽に喘いでいた。
肉体の悦びだけではない。
心の奥の奥に長年積もっていた“女として見られたい”という飢えが、
すべてほどかれていくようだった。
結ばれたあと、静けさの中で彼が私を見つめて言った。
「お母さんが……こんなに感じてくれて嬉しかった」
私は、涙が出そうになるのをこらえながら、彼の頬を撫でた。
「ありがとう……私を、女に戻してくれて」
──それは、誰にも聞かれてはいけない“感謝”だった。
翌朝
私はいつもの妻であり、母である顔に戻っていた。
朝食のテーブル、何事もなかったように娘と話し、夫のコーヒーを注ぎ、
あの夜の余熱だけを、身体の奥に秘めて。
彼と目が合ったとき──
何も言わなかったけれど、
彼の視線がすべてを語っていた。
“あの夜を、忘れないで”
私は目を伏せて、小さく頷いた。
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