第一章:白地に火を落とすように──打ち上げの宴で溶けた私
大阪・堺市の小さな住宅街。
ここに越してきて八年。平凡な日々に埋もれるようにして、私は専業主婦としての“模範”を生きていました。
今年、息子が小学校の高学年になり、運動会の役員として私は「班長」に任命されました。
その締めくくりとして開かれた自治会の「打ち上げ」は、どこかくたびれた集会所で行われました。
薄い畳と昭和の蛍光灯が照らす空間に、缶ビールやスーパーの惣菜が並び、子どもたちの笑い声が廊下の奥に消えていきます。
私は、夫と肩を並べて敷かれた長座布団に腰を下ろしました。
その右隣に座ったのが、副会長の高山さん。60歳前後、細身で品のある佇まい。控えめな声で話すその目が、時折じっと私の顔を見つめるのが気になっていました。
そしてその向かいにいたのが、初老の吉岡さん。会の中でも古参の一人で、無骨な指に金の指輪が光っていたのを覚えています。
「いやぁ、奥さん、運動会はよう頑張ってくれはりましたなあ」
「ほんま、ご主人も奥さんも、なかなかお似合いで。うらやましいですわ」
二人は、夫婦揃っての初参加を面白がるように、焼酎を次々と注いできました。
夫はもともと酒に弱く、三杯目を過ぎたあたりで、すっかり意識が朦朧としていたようです。
私はというと──
酔いとともに、頭の中がふわりと白くなり、会話も笑い声も遠く聞こえるようになっていきました。
「ほら、奥さん。こっち、座ったらどうです?」
高山さんの膝の横、座布団の端をぽんと叩かれて、私は断る間もなく、夫の寝息を背に立ち上がってしまっていました。
少しだけ、ほんの数分だけ──そんな軽い気持ちでした。
でもそれが、始まりだったのです。
高山さんの横に座った瞬間、右肩にそっと手が置かれました。
その手のひらから、体温がじわりと染み込んできて、浴衣の内側に入ってきたような錯覚に襲われたのです。
「冷房、効いてるから…寒ないですか?」
耳元に低く届いた声。
すぐ後ろでは、夫の寝息が規則正しく聞こえていました。それが、なぜか私の鼓動を早くするのです。
「いややったら言ってくださいや。すぐやめますから」
そう言いながら、高山さんの手は私の腕をなぞり、ひじの内側へ、そして腰のあたりへと移動していきました。
まるで私の拒絶を試すように、じっくりと、指の節が布の上から肌のラインをなぞるたび──私の呼吸は深く、熱くなっていきました。
そして、その視線に気づきました。
向かいの吉岡さんが、私の脚元をじっと見つめていることに。
「奥さん…きれいやね、足。肌、まだ二十代みたいだ」
その言葉が、酔いに火をつけたようでした。
私は、浴衣の裾を直すふりをしながら、内ももに触れた高山さんの指を、そのまま受け入れてしまったのです。
そのとき、夫が寝返りを打ちました。
私はびくりと肩を震わせ、思わず声が漏れそうになるのを唇を噛んで堪えました。
けれど──その緊張が、どこか心地よい刺激となって、私の奥をゆっくりと湿らせていたのです。
「大丈夫、ご主人は熟睡や。ちょっとぐらいなら…わからんよ」
吉岡さんが立ち上がり、私の後ろに座りました。
首筋にあたたかな息が触れ、ぞくりと背筋がしなる。
高山さんの指先は、いつの間にか私のストッキングの中に入り込んでいて──
「奥さん、ここ、もう…とろとろや」
自分が何をされているのか、どうして抗わないのか、理性ではわかっていました。
でも、体がもう…抗えなかった。
あの夜、私の中に眠っていた“女”の部分が目を覚ましたのです。
夫の隣で、私は、確かに誰かの手に濡れていた──。
第二章:午後二時、カーテン越しの快楽
あの打ち上げの翌日、私は何事もなかったように洗濯機を回し、夕飯の下ごしらえをしながら、曖昧な現実感に包まれていました。
あの夜──眠る夫の隣で、私は“触れられていた”こと。しかも、それを拒むどころか、どこかで悦びを感じていたこと。
その事実を、私は“悪夢”という言葉で済ませようとしていたのです。
でも、午後2時。
チャイムが鳴り、インターホンに映った顔がその幻想を引き裂きました。
──高山さん。
「昼間にすみません。昨日は…ちょっと飲み過ぎてもうて」
曖昧な謝罪の言葉と一緒に手にしていたのは、商店街の和菓子屋の箱。
私は玄関で軽く会釈だけして受け取ろうとしたのに、彼は一歩、靴を脱いで玄関に上がり込みました。
「ちょっとだけ…話せませんか?」
断れない。
いいえ──断らなかったのは、私のほうでした。
リビングに通すと、高山さんは遠慮がちにソファへ腰を下ろし、私の座る場所を視線で探しました。
私は気づかぬふりで、テーブルの向かいに座りました。
でも、心は静かに波打っていました。
手のひらに感じた昨夜の体温。耳元の吐息。ストッキングの中で動いていた指の感触。
すべてが、薄皮の下でまだ蠢いているようで──
「…怒ってはらへん?」
その問いかけに、私はうっかり、ほんのわずかに首を横に振ってしまいました。
その仕草を見た瞬間、高山さんの目が変わったのです。
「なら…もうちょっとだけ、昨日の続きを…してもええかな」
彼の手がテーブル越しに伸び、私の手の甲を優しく包みました。
それはもう、自治会の副会長ではなく、ひとりの“男”としての手でした。
「ここで…?」
思わず漏れた私の言葉に、彼は小さく笑い、立ち上がってカーテンを閉めました。
午後の日差しが、絹のようなレースのカーテンを通してぼんやりと部屋を包む。
まるで私の背徳を柔らかく隠してくれるように。
私は、何も言わないまま、ゆっくりとソファの縁に座り直しました。
高山さんは私の前に膝をつき、スカートの裾をそっと持ち上げました。
その手の滑らかさに、身体が勝手に反応してしまう。
下着越しに触れられたその瞬間──
「…ここ、昨日より濡れてるな」
その言葉が、なぜか嬉しくて、恥ずかしくて、堪らなく快楽を増幅させた。
指先が奥へ入り、ゆっくりと撫で、じっくりと私の内部を味わうように動く。
私は、頭をソファの背もたれに預けて目を閉じました。
体がふるえ、吐息が乱れ、音も声もすべてが甘く崩れていく──。
そして、玄関の扉がノックされました。
心臓が跳ね上がり、私は一気に現実に引き戻されました。
「…奥さん?ごめんな、来てもうた」
その声は──吉岡さん。
昨日のもう一人の男。打ち上げで私の後ろに座り、私のうなじに唇を寄せていた人。
「奥さんの住所、昨日高山に聞いてな…俺も、あの続きを…」
私は何も言えなかった。
高山さんの指が、まだ私の奥に在るまま。
快楽の最中にもう一人の男が現れた、その背徳と興奮に、私は膝を閉じることもできなかった。
目を逸らすように見上げた午後の光は、カーテンの向こうで静かに揺れていました。
第三章:罪の果て、女はもう戻れない
玄関のドアが閉まり、二重ロックの音が、まるで“覚悟”のように耳に響いた。
リビングに戻ってきた吉岡さんは、汗ばむ額をハンカチで拭いながら、無言のまま私を見つめた。
「…ほんまにええんか、奥さん」
その声には、欲望と戸惑いが入り混じっていた。
でも、それ以上に迷っていたのは、私のほうだった。
否、もう“迷い”とは違う何か──
目を逸らさずに頷いた私に、吉岡さんが近づいてきた。
高山さんの指がまだ私の中に在るまま、吉岡さんの手が私の髪に触れ、頬をなぞり、顎を持ち上げる。
その手の温かさが、まるで許しのようで。
私は、静かに目を閉じた。
唇に触れたのは、驚くほど柔らかいキスだった。
年上の男の唇──粗さはなく、ただ、女として包み込むような温度があった。
唇を割られ、舌が絡み合い、私は自分の体がほどけていくのを感じていた。
高山さんが私のスカートを膝まで捲り上げたまま、ストッキングを下ろし、下着を脱がせる。
「…奥さん、ほんま綺麗やな」
吉岡さんが、私の胸元のボタンに指をかけた。
一つひとつ、ゆっくりと外されていくシャツ。
下着のレースが露わになり、ブラのホックが外されると、乳房がそっと手のひらで包まれる。
「気持ちええ?」
その問いに、私は言葉が出ず、ただ喉を震わせた。
二人の手が私の体を挟むように這い回り、唇と指が同時に胸と脚を交互に弄ぶ。
まるで、“私”という存在を確かめ合うように、男たちの手が私の隅々に記憶を刻んでいく。
「ずっと、こうしてほしかったんちゃう?」
そう囁かれて、私は堪えきれず、細く震えた声を漏らしてしまった。
「……お願い…やめないで…」
女として、もう拒む理由などどこにもなかった。
欲しがっていたのは、私自身。
夫ではない“誰か”に抱かれることで、自分が女であることを再確認したかった──ただ、それだけだったのだ。
ベッドではなく、リビングのソファで。
陽の射す午後、カーテンの向こうで生活が続いているこの日常のなかで──
私は“非常識”の中に快楽の真実を見つけた。
高山さんが私の脚を持ち上げて開き、吉岡さんが後ろから私の手を引いて抱きしめる。
ふたりの温度に包まれ、奥深くまで満たされ、私は自分という存在が細かく砕けて溶けていくのを感じていた。
吐息が絡まり、汗が重なり、全身が脈打つように震えて、やがて──
快楽の波が、静かに、しかし確かに頂点へと昇り詰めた。
何も考えられなかった。
ただ、快楽の深さと罪悪感の狭間で、私は何度も沈み、そして浮かび上がった。
男たちは、何も言わず、しばらくの間、私を抱きしめ続けていた。
私は、閉じた目の奥で、何かが静かに崩れていく音を聞いていた。
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