教師になりたいわけじゃなかった。
ただ、小さなころ「せんせい」と呼ばれるのが好きだった記憶が、心のどこかにひっそりと残っていて。
大学三年の初夏、私はその記憶に、そっと手を伸ばした。
教育実習先に選ばれたのは、都内の進学校。
男女共学のその学校は、どこか乾いた空気を纏っていた。
生徒たちは思いのほか素直で、思春期特有の悪戯っぽさはあっても、それは一種の礼儀のようなものだった。
彼――田島透くんは、そのクラスの一員だった。
初めて意識したのは、教室の端で静かに絵を描いていたとき。
ふと目が合ったその瞬間、私の中の“教師”という仮面に、微かなひびが入ったのを覚えている。
長い睫毛に隠れた瞳。手の甲には細くしなやかな血管。
クラスメートたちの喧噪に染まらないその佇まいが、なぜか忘れられなかった。
「先生、美術部にいたって本当ですか?」
放課後、教室に残って実習日誌をつけていた私に、透くんが声をかけてきた。
「ええ。中学、高校とずっと。いまは描いてないけど」
「……よかったら、美術部、覗きにきてください」
その誘いは、不思議と心をくすぐった。
気がつけば、私は放課後の部室に通うようになっていた。
彼は、絵に向き合うときだけ年齢を超えて見えた。
静かに、ただひたすら線を重ねる背中を見ていると、
まるで教える側と教えられる側が、入れ替わるような錯覚すら覚えた。
ある日、彼が言った。
「人の身体を描いてみたいんです。できれば、生身の、女性の」
私は喉の奥がきゅっと鳴ったのを感じた。
真面目な顔。真っ直ぐな声。まるで告白のように聞こえた。
「私が……モデルになる、っていうのは?」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が口をついて出た。
彼は目を見開いたまま、しばらく言葉を失っていた。
その提案が現実になったのは、教育実習が終わってからだった。
部屋のカーテンを閉め、部屋着のまま、少し肩を出す。
彼は緊張した面持ちで、それでも確かに私を“見る”目をしていた。
彼の瞳が私の鎖骨をなぞるたび、私は息を殺した。
“見られる”ことが、こんなにも熱を帯びる行為だとは思わなかった。
私たちは、触れなかった。
けれど、視線が触れていた。
視線が、皮膚の奥まで沈み込むように。
その関係が続いたのは、1年。
私は就職し、教師にはならなかった。
彼は大学に進学し、晴れて美大生になったと聞いた。
──そして、再会は突然だった。
「先生。いま、時間ありますか?」
彼がそう言ったのは、私が偶然立ち寄った駅前の小さなギャラリーだった。
再会して、2時間後。
私は、彼の小さなアパートにいた。
「……変わらないですね。先生」
「あなたの方が変わったわ。大人になった」
その言葉に、彼は苦笑した。
そして、静かに私の頬に手を添えた。
「もう、触れてもいいですか?」
私の身体が、ぴくりと反応した。
視線と沈黙が重なり、私は小さく頷いた。
キスは、想像よりもずっと優しく、ずっと熱かった。
彼の指先が私の首筋を撫で、肩を滑り、そっと胸の膨らみに触れる。
私は息を詰め、目を閉じた。
下着の上から指先が円を描くと、乳首がきゅっと立ち上がる。
「先生、すごく……綺麗です」
囁かれた言葉に、私は下腹部が疼くのを感じた。
自分が“求められている”という事実が、皮膚の下で泡立つように広がっていく。
彼の舌が、私の胸に触れた瞬間、
身体がふるりと震えた。
舌先が乳首を転がし、吸い上げられると、
我慢していた声が漏れた。
「……あ……ダメ、そんな風に……」
「嫌じゃないなら、もっと……教えてください」
その言葉のあとは、言葉がいらなくなった。
私は、ただ身体を委ねた。
彼の指が、私の下腹を撫で、脚の内側を這っていく。
下着越しの感触に、熱が滴るように溢れていくのがわかる。
「濡れてますね……気持ちいいですか?」
彼の問いかけに、私は黙って頷いた。
恥ずかしさと興奮が、火花のように胸を焦がす。
ゆっくりと、彼が私の中へと滑り込んでくる。
その感触に、思わず背筋を反らす。
「大丈夫ですか……?」
「……うん……もっと、深く……」
彼はぎゅっと私の手を握りながら、律動を始めた。
その動きに合わせて、私は声を漏らした。
天井がゆらぎ、意識が遠のくような快楽が、波のように押し寄せてくる。
「……もう、無理……いく……っ」
全身が弾けたような感覚。
身体の奥から、何かがこぼれ落ちていく。
しばらく、ふたりは無言だった。
肌が触れ合うその時間が、すべてを物語っていた。
快楽だけじゃない。安堵と、再会の祝福と、罪の気配も――。
彼が私の髪を撫でる。
「……また、描いてもいいですか?」
私は、彼の胸に頬を寄せたまま、小さく頷いた。
そのときの私は、ようやく気づいていた。
あの“教育実習”で出会ったのは、ただの生徒じゃなかった。
私の中に眠っていた、“女”の輪郭を、
彼が描き起こしてくれたのだった。
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