元カレに抱かれた人妻の午後──“もう戻らない”はずだった身体が疼きだす

「名前を呼ばれるたびに、私は過去に堕ちてゆく」

――あの日、身体はもう、忘れていなかった。

その日、私はベビーカーを押して、いつものようにショッピングモールの屋上庭園にいた。
空は明るく、風は少し冷たくて、でも娘は気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。

何気なく通りかかったガラス壁の反射に、背後の人影が映った。
振り返るより早く、声が届いた。

「……由香、だろ?」
その声を聞いた瞬間、膝が少しだけ震えた。
まるで記憶の奥に鍵をかけて閉じ込めていた箱が、突然こじ開けられたような感覚だった。

――陽介。

8年前の名前。8年前の熱。
もう“遠い過去”だと思っていた男。

彼は、少し髪が伸びていて、だけどあの頃のまま、どこか影をまとったような笑いを浮かべていた。

「こんなとこで会うなんて、運命だな」
そう言って、私の腰に触れてきたとき──
瞬間、体の奥で何かが跳ねた。
怒りでも、拒絶でもなく、もっと、ずっと厄介な「予感」。

「やめて」
掠れる声で言ったのに、彼の手は腰からお尻へと這うように下りてきて、私はそのまま凍りついた。

***

「久しぶりに話せて嬉しかったよ」
そう言って彼と別れたあと、私の胸には重たい石のような不安が残っていた。
だけど家の前まで戻ったとき、それは確信へと変わった。

彼は、そこにいた。

「……つけてきたの?」
「昔の女の家くらい、確認しときたいだろ」
冗談めかした言い方。でもその目は、全く笑っていなかった。

娘はまだ眠っている。声を立てるわけにはいかなかった。
ご近所の目もある。夫が不在の今、騒ぎにするのは避けたかった。
だから私は、ほんの10分だけのつもりで、彼を家に上げた。

でも、ドアが閉まった瞬間、彼の腕が私を抱きしめ、キスが喉元に押しつけられた。

「っ……待って、陽介」
「由香……まだ、同じ香水だな。すぐ思い出した」
熱い舌が首筋を這い、私は突き飛ばすこともできずに、ただ息を詰めた。

「こんな生活、退屈してるだろ」
「してない。私は……」
「じゃあ、なんで震えてんだよ。今も、ここが……」
言葉の代わりに、彼の手が太ももに入り込む。
スカートの中。下着の上から、触れられただけで、思わず体が跳ねた。

「……違う、これは……」
違うはずだった。
なのに、指が布越しにそこを押し当てたとき、私の中はすでに湿り始めていた。

「ほら、やっぱりな」
囁く声が、耳の奥に入り込む。
そのまま壁に押し付けられ、私は彼の唇を受け入れていた。
言葉では拒絶しながら、体はもう、記憶に従ってしまっていた。

***

ダイニングテーブルの上。
スカートを捲られ、ブラウスのボタンを一つずつ外されながら、私はまるで剥かれていくようだった。
カーテンをわざと開けたままにされ、陽射しが肌を照らす。
見られてしまうかもしれない――その羞恥が、快感を増幅させることを、彼は知っていた。

「向かいに見せてやれよ。お前が、どれだけ淫らに戻ったか」
「……やめて、お願い……」
口ではそう言いながらも、私は脚を閉じられなくなっていた。
舌が、指が、まるで過去の自分をなぞるように、要所を的確に責めてくる。
指先一つで、私は痙攣するほど感じてしまうのだった。

「主人より、こっちがいいんだろ」
彼の言葉に、心がかき乱される。
だって、事実だったから。

押し殺した喘ぎが、鼻を抜けて漏れる。
腰が勝手に跳ね、脚が痙攣し、背中が反り返った。
私の中に入ってきた彼の熱が、ゆっくりと奥を擦るたび、忘れかけていた快楽が波のように押し寄せてくる。

「は……あ……あっ、陽介……っ」
名前を呼んだ瞬間、自分の奥で何かが切れた。

もう、妻でも母でもなかった。
ただ彼のものだった、あの頃の“私”が、完全に目を覚ましていた。

***

背後から突かれながら、私はカーテンの隙間から見える外の景色を見ていた。
向かいのマンション。そのどこかの窓から、誰かが見ているかもしれないという背徳感。
そのなかで、彼に腰を掴まれ、ぐちゅぐちゅと音を立てながら突き上げられるたび、意識が飛びそうになった。

「イキたいんだろ。声出せよ」
「だ、だめ……聞こえる……娘が……」
「なら、このままイカせてやる」
そして、私は彼にしがみつき、背中を丸め、絶頂の波に身を沈めた。
何度も、何度も。

終わったあと、床にへたり込んだ私の耳に、彼が残した最後の言葉が突き刺さる。
「やっぱりお前は、俺の女だよ。ド淫らなまんまだな」

***

いまもまだ、あの言葉が頭から離れない。
悔しい、悲しい、でもどこかで、求めていた自分がいた。

あれは本当に裏切りだったのか。
それとも、自分の中に眠っていた“欲望”を解き放ってしまっただけなのか。

今日もまた、夫の隣で眠りながら、私は夢の中で陽介に抱かれている。
名を呼ばれるたびに、身体が疼く。
そして――私はまた、会いたくなってしまう。

「ねぇ、陽介……次は、いつ来てくれるの?」

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