年末の街は、どこか懐かしく、そして妙に淫靡だった。 歩くたびにヒールの音が石畳に吸い込まれ、冬の冷たい空気が頬を撫でる。けれど、心の奥にはじんわりと火照りのようなものが灯っていた。
高校時代の親友たち四人で、久しぶりに開いた「おばさん女子会」。 昼過ぎから集まり、イタリアンレストランでランチをし、カフェをはしごして、あの頃に戻ったように何時間も笑い合った。
子どもの話、夫の愚痴、仕事や体調のこと。 どれも他愛もないけれど、誰にも話せなかったことを素直に言える安心感。
気づけば外はすっかり夜になっていた。
主婦になってからというもの、夜の繁華街に足を踏み入れることはなかった。 ネオンの色が濃くて、光の粒が視界をじわじわと染めていくような感覚。 あの頃とは違う、どこか異質で…でも、心のどこかがうずく。
「もう帰らなきゃ」 そう言って、ふたりが駅のほうへ消えていった。 残ったのは私と理恵。
同じく結婚して子どももいる理恵は、赤いリップを引き直しながら、くすりと笑って私を見た。
「もう少しだけ、寄り道しない?」
そのときだった。 声をかけられたのは、駅前の明るすぎる横断歩道を渡ろうとしたときだった。
「すみません、ちょっとだけお話しできませんか?」
振り返ると、20代前半くらいの、整った顔立ちの若い男性が立っていた。 やや長めの前髪の下から覗く瞳は、夜の街の光を跳ね返すように強く、でもどこか無邪気だった。
一瞬、何かの営業かと思った。けれど、彼の隣にも、そのまた隣にも、同じように若くて男らしい空気をまとった男性たちがいた。
「俺たち、合コン帰りなんです。少しだけでも…ご一緒しませんか?」
酔っていた。カクテルの甘さに気を許しすぎた自覚はある。 でも、ふと理恵の顔を見たとき、彼女が私にだけ見せる、いたずらっぽい笑みを浮かべたのがわかった。
「…一杯だけね」 そう応えていた。
私たちは導かれるように、近くの雑居ビルに入っていった。 エレベーターで7階まで上がり、開けられたドアの先には、柔らかな照明と重低音の効いた音楽が漏れるカラオケボックスがあった。
その夜のカラオケボックスは、いつもと違う音をしていた。 狭い防音の部屋、低く流れるBGM。 男性たちは自然に私たちを分断し、それぞれの部屋に案内した。 私は、年下の彼──「隼人」と名乗った彼と、もう一人の青年と同じ部屋だった。
「ねぇ、飲めます?ちょっと甘いやつ頼んじゃいましたけど」
そう言って差し出されたグラスの中で、氷が溶けて、グラスの外側に細かい水滴を浮かべていた。 一口飲んだ瞬間、その甘さとアルコールの熱が、喉の奥でじわりと広がっていく。
「そんなに見つめられると、照れますよ…」
「見てないってば」
そう言いながらも、視線は彼の鎖骨のあたりを追っていた。Tシャツの下に浮かぶ筋肉の陰影が、妙にいやらしかった。 そのあとだった。 彼の手が、私の指先に触れたのは。
何気ないふりをしていた。でも、その熱に、私の鼓動は跳ね上がった。
「年上の人、好きなんです。話し方とか、仕草とか、色気とか…」
隼人の言葉が、耳の奥で渦巻いていた。 そんなふうに思われたことがあるだろうか。 自分が“女”として見られていると感じたのは、いつぶりだっただろう。
気づけば、彼の手が私の膝に触れていた。 ストッキング越しに伝わる体温。 手のひらの動きは、ゆっくり、まるで私の反応を試すように這ってきた。
「…だめだよ、私、そういうの…」
声に出してはみたものの、その言葉には力がなかった。 抗うふりをして、心はもう濡れていた。
そのときだった。隣室からかすかに聞こえてくる女の吐息が、音楽の隙間を縫って届いてきた。理恵の声だった。
小さく、くぐもったその音は、明らかに快感の最中にある女のそれだった。
思わず隼人と視線が合う。彼の目が、ゆっくりと私の唇を見つめ、それから太ももへと落ちていく。
「ねえ…あっち、もう始まってるね」
そう言いながら彼は、私の耳元に顔を近づけた。
「見られて感じるって、ありますか?」
ささやかれた瞬間、背筋にぞくりと震えが走った。
次の瞬間、彼の指が私の手を取った。 そしてゆっくりと、自分の胸元にそれを誘導する。筋肉の厚みに触れた瞬間、指先がほんの少し震える。
「こっちも、見てるだけで我慢できないんです」
そう言って、彼の顔が近づき、私の唇をそっと奪った。
軽く触れるだけのはずだったキスは、いつしか深く、息を奪うような熱に変わっていく。 舌が触れ合うたび、下腹部に痺れるような感覚が走った。
彼の手が私の胸元をなぞり、指先が布越しに固くなり始めた先端に触れる。 「敏感…ですね」
そんな言葉に、思わず身体がびくりと反応する。
私は目を閉じて、彼のすべてを受け入れようとしていた──
──そのときだった。
「ここ、そろそろ…出ませんか?」
もうひとりいた青年──隼人の友人が、控えめにそう口にした。
「いい場所あるんですよ。俺の先輩の部屋。タワマン。夜景がすごいって評判で」
理恵のいる部屋でも、何か動きがあったらしく、笑い声とともにドアが開いた。 目が合った理恵が、小さくうなずく。
「ねえ、せっかくだし、行ってみようか」
私は一瞬だけ迷った。 でも、火照った身体と潤んだ心は、すでに抗う力を失っていた。
タクシーで15分ほど。 到着したのは、都心の高級タワーマンション。 エントランスからして非日常の空気が漂っていた。
深夜にもかかわらず静まり返ったロビー、静かに開くエレベーター。 高層階まで一気に上がる途中、ガラス越しに見えた夜景は、まるで宝石を敷き詰めたようだった。
部屋のドアが開いた瞬間、あたたかな空気とともに広がるのは、 モダンで洗練されたインテリアと、微かに甘い香り。
「どうぞ。くつろいで」
促されてソファに座ると、フロアの大きな窓から、東京の夜が静かにこちらを見下ろしていた。
シャンパンのボトルが開けられ、グラスが手渡される。 泡の立つその黄金色が、照明に反射して揺れていた。
「夜景、綺麗でしょう?」
隼人の隣に座ると、自然に彼の手が私の腰に回る。 その動きがあまりにも自然で、私も無意識に身体を預けていた。
「ここにいると、現実が全部どこかに行っちゃうみたいだね」
「そう。だから…何をしても、許される気がする」
彼の囁きとともに、私の唇にまた、熱が落ちてきた。
ソファに押し倒されるようにして、背中が柔らかなクッションに沈む。 彼の唇が、首筋から鎖骨、そして胸元へと降りていく。
ドレスの肩紐が落とされ、肌が露わになる。 空調の静かな風が、その肌をそっと撫でる。
「さっきより、感じてる?」
返事の代わりに、私はそっと目を閉じ、彼の頭を引き寄せた。 乳首に触れた唇が、優しく、でも確実に熱を引き出していく。
脚を開かれ、太ももを這う指先が、やがてその奥へと届く。 触れられた瞬間、声にならない吐息が喉から漏れる。
「ここ…ずっと、濡れてたでしょ」
問いかけに、私はただ、身をよじらせることで応えた。
彼の舌が、ゆっくりと、丁寧に私のすべてを味わうように動く。 都会の灯りに照らされながら、私は女としての“いま”を生きていた──
彼の身体にまたがったとき、私はもう、完全に“女”だった。
彼の瞳の奥に、私のすべてが映っていた。濡れた髪、揺れる胸、熱に溶けるような腰つき——恥ずかしいほどにあらわな“私”が、そこにいた。
「動いて…」
囁きは、自分でも知らないほど艶を含んでいた。私の腰がゆっくりと沈み、彼の熱が深く入り込むたび、頭の中が白く染まっていく。
腰を揺らすと、奥の奥がかき混ぜられるようで、甘く痺れるような快感が、背骨を伝って脳にまで届いた。
「んっ…そこ…すごい…っ」
彼の両手が私の腰をしっかりと掴み、動きに合わせて私の体を導いてくる。私は彼の上で何度も波を描くように動き、絶頂の淵へ向かって突き上げられていく。
彼の舌が胸元に降りてくる。乳首に触れた瞬間、びくんと身体が跳ねた。柔らかく転がされ、吸われ、甘噛みされ、感覚のすべてがそこに集中していく。
「あぁ…もう…無理…っ、でも…もっと…」
自分の声が、知らない女のように淫らに濡れている。 彼の手が背中からお尻へ、そして内腿へ。私の動きと呼吸に合わせて、愛撫が重なっていく。
「気持ちいい…全部、気持ちいい…っ」
奥を抉られるたび、意識が飛びそうになる。何度も、何度も、登っては落ち、そしてまた昇る。
「イきそう…イく…イくっ…!」
最後の数回で、私の身体は爆ぜるように震えた。内側から火花が散るような衝撃。全身が脱力し、けれど脈打つたびにまだ余韻が尾を引いていた。
私は彼の胸にしがみつき、しばらく身動きが取れなかった。
「すごかった…ほんとに…」
彼は私の髪を撫でながら、何も言わずに微笑んでいた。
夜景は変わらず煌めいていた。 でも私の中では、確かに何かが、終わり、そして生まれ変わっていた。 けれど、私の中で何かが、確かに変わっていた。




コメント