第1章:チャットの向こうにいた夫婦
「ねえ綾子さん……もし、旦那さんがあなたを“誰かに抱かせたい”って言ったら、どうする?」
その言葉が、画面に表示された瞬間、私は手にしていたスマホを思わず持ち直した。心臓の鼓動が、耳の奥で不規則に跳ねていた。
それは恵里(えり)という女性から届いた深夜のメッセージ。
彼女とは数週間前、匿名の大人向けSNSで知り合ったばかりだった。
プロフィール写真も載せていないのに、不思議と惹かれ合った。
最初はただの雑談のつもりだった。仕事、夫婦関係、セックスレスの悩み……お互い、溜め込んでいたものをこぼすように打ち明け合った。
けれど、ある日から話のトーンが変わった。
恵里は言った。
「私の旦那ね、“妻を誰かに抱かせて、自分はその様子を見ていたい”って性癖があるの。最初は怖かった。でも……今は、それが私の愛のカタチ。」
私は読みながら、呼吸が浅くなるのを感じていた。
そんな関係、ありえない——そう思いたかったのに、なぜだろう。
心のどこかがじんわりと、熱を持ち始めていた。
「想像してごらん、綾子さん。知らない男の前で、あなたのスカートを捲る瞬間を。
旦那さんの視線が、あなたの背中を貫いているときのゾクゾクを。」
——そんなこと、私にできるはずない。
けれど、もし。
もし、浩司が……私の夫が、そんな願いを持っていたとしたら?
「会ってみない?」
恵里の誘いは、唐突だった。
「うちの旦那も一緒に。もちろん、あなたのご主人も連れてきて。」
画面の光が、夜の寝室を青白く照らしていた。隣で眠る浩司の寝息が、いつもより遠く感じた。
夫にはまだ話していない。けれど、なぜか——“この人にだったら、試してみてもいい”と思わせる、何かが恵里にはあった。
翌週の土曜、私は夫を「恵里という人に会ってみない?」と誘った。
「気の合いそうな人だし、夫婦でちょっと食事でも……」
理由は曖昧にしておいた。でも、私の瞳の奥にある熱を、浩司は感じ取ったのかもしれない。
彼は少し驚いた表情を浮かべたあと、ゆっくりと頷いた。
「……いいよ。綾子が会ってみたい人なら、俺も会ってみたい。」
——こうして、私たちは、ある夜の公園で、恵里と彼女の“支配的な夫”に出会うことになる。
それが、すべての始まりだった。
第2章:邂逅の夜、公園にて
その夜、私は淡いワンピースを選んだ。
色はミルクティーのようなベージュ。襟元は控えめに開いていて、肋骨の起伏がやや透けて見える。
風に揺れる裾の軽さが、私の胸の奥に、何か許してしまいそうな予感を抱かせた。
「本当に……行くのか?」
車の助手席で、夫・浩司が私を見る。
その目は、少し戸惑いを含んでいた。
でも、それ以上に——私を“知らない私”として見てみたい、そんな願望が滲んでいるようにも思えた。
「うん……一度会ってみたいだけ。ほら、ただの“食事”って言ってたでしょ?」
口では平静を装っていた。けれど、心の奥では、恵里の“声”が何度も響いていた。
「彼は、あなたの“心の鍵”を壊すのが得意なの。私も、そうして開かれてしまったの。」
待ち合わせは、城のライトアップが映える川沿いの大きな公園だった。
夜の風が、街の喧騒を優しく撫でていく。
葉のざわめきも、舗道の影も、すべてが淫靡な前奏曲のように感じられた。
——そして、そこにいた。
石畳のベンチに、ふたりの男女が並んで座っていた。
女性は……一目で、彼女だとわかった。恵里。
妖艶で、でも清潔感のある、危ういほどの色香。
肩までの黒髪が夜気に揺れて、薄手のタートルネックのニット越しに、形のいい胸が浮かび上がっていた。
その隣の男は……私が今まで出会ったことのない“気配”を纏っていた。
背筋の伸びた、無言の圧。
喉元までボタンを留めた黒シャツ。
表情は穏やかなのに、どこか冷徹で、近づく者を見透かすような目。
「こんばんは、綾子さん。……ご主人も、いらしてくれたんですね」
恵里が微笑み、私の手をそっと握った。体温の低い、柔らかな指。
そのすぐ後ろから、低く響く声がした。
「……仁志です。妻の恵里が、たいへんお世話になっているようで」
一瞬で、空気が変わった。
まるで、その声だけで心の奥に入り込まれるようだった。
なぜだろう。怖いのに、肌の内側がじんわり熱を帯びていく。
軽い挨拶と雑談のあと、4人で歩いた。
舗装された公園の小道。水辺には等間隔にベンチが置かれ、やや離れた場所に雑木林が広がっていた。
「この先に、少し開けた場所があるんです」
恵里が言ったとき、私の胸がドキン、と鳴った。
——そこが、チャットで彼女が話していた“場所”なのだろうか。
野外で、他人の目を感じながら、夫以外の男に触れられるという背徳の舞台。
「風が気持ちいいですね」
と、私が言うと、仁志がこちらを見た。
「夜の風には、人の奥に潜む本性を引き出す作用があります。……綾子さん、あなたの“奥”も、今日この風に反応しているはずですよ」
その瞬間、私は一歩、無意識に後ろへ下がっていた。
けれど同時に、身体のどこかが——確かに疼いていた。
夫の手が、私の腰にそっと触れる。
私たち夫婦は、今まさに“扉”の前に立っている。
その向こうにあるものは、快楽か、後悔か。
まだ分からない。ただ確かなのは、すでにその扉が、半分開いているということだった。
そして仁志が、茂みの奥にあるベンチを指さした。
「……綾子さん。あの場所、気に入っていただけると思いますよ。
あなたが、本当の“綾子”に出会うには、あそこが最もふさわしい」
その言葉に、私の喉が鳴った。
足元の舗道が、少し震えているように見えたのは——風のせいではなかった。
第3章:入れ替わる視線と唇
ベンチの前に立ったとき、私はもう、何も考えられなくなっていた。
夜の公園は静かで、遠くに街の灯りが瞬いていた。
草木が夜気に濡れて揺れるたび、まるで自然そのものがこちらを覗いているような錯覚を覚える。
仁志さんが、ベンチの右端に静かに腰を下ろす。
その隣に、私の夫・浩司が少し緊張した面持ちで並んで座った。
ベンチの前。
互いの夫の前に、私と恵里さんが立つ。
それはまるで、左右対称に配置された舞台装置のようだった。
「……始めましょうか」
仁志さんの声は低く、微かに笑っているようだった。
その瞬間、空気の密度が変わった。
夜風が、背中をそっと押した。
恵里さんが、私の夫の前に跪く。
迷いのない仕草で、彼のベルトに手をかけ、ファスナーを静かに下ろした。
その指先のなめらかさは、日常のものではなかった。
私は思わず見つめてしまう。
見慣れたはずの夫の下半身が、他の女の指にゆっくりと包まれていく光景。
心の奥に焼き付くような、じわりとした羞恥と嫉妬。
けれど……それは確かに、興奮だった。
「綾子さんも、こちらに」
仁志さんの手が、私の手首にふれる。
指先が、熱を持って私を導く。
私は抗えなかった。もう、抗いたいとも思っていなかった。
私は彼の前に跪いた。
視線の高さが変わり、ベンチに座る男たちの足が、まるで玉座にある者のように見えた。
仁志さんは、すでに準備ができていた。
黒のスラックスの奥に隠されたものを、自分の手で解放し、私の目の前へと差し出す。
——それは、大きかった。
信じられないほど、硬く、重く、存在を主張していた。
夫のものとは明らかに異なる、異質な形。
思わず、唇がひとりでに開いていた。
触れた瞬間、私の全身が打ち震えた。
唇で包み込むと、奥から鈍い熱が伝わってきた。
舌先が、その輪郭をなぞる。
そのたびに、私の身体の中の“何か”が目を覚ましていく。
目を上げると、私の夫と恵里さんが、まるで甘い罪に溺れるように絡み合っていた。
恵里さんの口元は官能的に濡れ、夫はその快感に必死で耐えているように見えた。
——私は今、他人の男を咥えている。
そして、夫は目の前で、他の女に咥えられている。
だのに。
不思議なことに、涙が出るほど満たされていく。
壊れそうで、でも快楽に震える、そんな心の奥を感じていた。
「……いいですよ、綾子さん」
仁志さんが私の髪を撫でながら囁いた。
「あなたの唇は、まるで淫らな祈りを捧げる聖女のようだ」
その言葉に、心の奥がチリチリと疼いた。
私はさらに深く、熱を咥え込んだ。
唾液と欲望が絡み合い、夜の闇にぬめりながら広がっていく。
ベンチの前には、まるで二組の“倒錯した夫婦像”が描かれていた。
視線が交錯する。
私と夫。
互いの“行為”を見ながら、知らず知らずのうちに呼吸がシンクロしていく。
——これが、恵里さんが言っていた「愛のかたち」なのだろうか。
私たち夫婦は今、“背徳の鏡”を通して、お互いの本当の欲望を見つめ合っていた。
第4章:見られる悦び、触れられる罰
——それは突然だった。
「……綾子さん、こちらをご覧なさい」
仁志さんが小さく指をさしたのは、少し離れた茂みの奥だった。
闇の中に潜んでいたものが、微かに動く。
目を凝らすと、そこに、確かに“人の気配”があった。
「えっ……誰か、いる……?」
私の声が、夜気に吸い込まれていった。
けれど仁志さんは落ち着いて、むしろ愉しそうに笑みを浮かべた。
「……ええ。少しだけ、あなたを“観賞したい”というご希望があって。
綾子さん、あなたは“見られる悦び”を、まだご存じないでしょう?」
彼の手が、私の顎をそっとすくい上げた。
顔を逸らそうとしても、目が逸らせなかった。
その視線に絡め取られて、私はもう何も言えなくなっていた。
「立ってごらんなさい」
命じられるまま、私はベンチの前に立たされた。
仁志さんの指先が、私のワンピースの裾にふれた。
スッと、空気のように軽く、布が持ち上げられていく。
膝、太もも、そして下着が露わになっていく。
風が、そこに入り込む。
夜気の冷たさが、肌の内側にまで届いたような錯覚。
それだけで、下腹がじんわりと疼いていった。
「さあ……自分で、捲ってごらん。あなたの手で。茂みの男たちに、“ご挨拶”を」
「……そんな、できません……」
囁くように抗ったその声は、すでに震えていた。
羞恥が、背中から頬にまで染み渡っていく。
けれど、仁志さんの眼差しが優しく残酷に命じる。
「綾子さん。あなた、見られたくてここまで来たのでしょう?」
その言葉が胸の奥に突き刺さった瞬間、
私は、まるで魔法にかけられたように——自らの指先でスカートを捲り上げた。
太もも、そしてショーツ。
布越しに、すでに濡れてしまっているそこが露わになる。
仁志さんの手が、私の肩を押し下げた。
「もっと。……膝を開いてごらん」
「……は、い……」
羞恥に打ち震えながら、私はゆっくりと足を広げていった。
空気が、太ももの内側を舐めるように流れていく。
そのすべてが、誰かに“見られている”という意識のもとで。
恵里さんも、同じように夫の前に立たされていた。
彼女は迷いなく、下着を自ら脱ぎ、手で自分を広げていた。
その横顔が、陶酔していた。
「綾子……」
夫の声がした。
振り返ることはできなかった。
でもその声が、私を追い詰める。
恥ずかしさと興奮がないまぜになって、私は気づけば——自分で下着を脱いでいた。
仁志さんが、私の髪を梳きながら囁いた。
「素直でよろしい。
……綾子さん。あなたの奥の淫らな色、彼らにもしっかり見せてあげてください」
そのときだった。
茂みの中から、確かに足音が聞こえてきた。
枯れ葉を踏みしめる音。
戸惑いと欲望が混ざった、複数の男たちの気配。
私は、何かをされる前に——もう、果ててしまいそうだった。
「ほら、綾子。全部、見せてあげなさい」
夫の声が、私の背を押した。
目を閉じて、私は両脚をさらに開いた。
すべてを晒しながら、自らの指をそっとあてがう。
茂みの向こうから、誰かの荒い息遣いが聞こえた。
「綾子さん。……そんなに濡れて、見せつけたいのか?」
仁志さんの冷たい声と共に、誰かの足が、私の太ももにふれた。
冷たくて、ざらついた手。
それが、躊躇なく私の膣の入り口をなぞった瞬間、私は膝から崩れそうになった。
(見られている……夫に、他人に、そして……私は、悦んでいる)
今夜、私は女としてのすべてを晒す。
次に来るものが、罰か、それとも歓喜か——
もう、分からなかった。
第5章:崩れて、交わって、赦されて
誰の手だったのか、もうわからなかった。
太ももを這い、背を撫で、髪をかきあげるその感触は、次々に入れ替わり、私の身体をまさぐっていく。
まるで「女」としての私を、一層ずつ剥がしていくようだった。
誰かが囁いた。
「いい匂い……こんなに濡らして、恥ずかしくないのか?」
その声に、羞恥の炎がぶわっと燃え上がったはずなのに、私は逃げなかった。
それどころか、自ら腰を揺らしていた。
後ろから、荒い吐息と共に手が伸びてきて、私のヒップを掴んだかと思うと、そこに鋭く何かが割って入る。
ゆっくりと、でも確実に私の中を満たしていく“それ”に、私は堪らず声を洩らした。
「……あぁっ……!」
隣では、恵里さんがまるで踊るように腰を揺らしていた。
夫の唇に喉を震わせながら、背後では別の男の手が、彼女の乳房を揉みしだいている。
「綾子……っ、見てる……ぞ……」
その声で振り向いた。
夫の目が、濡れた光を放って私を見ていた。
その目にはもう、嫉妬でも驚きでもない。
ただ、愛おしむような……そして、自分では触れられないところで変わっていく“女”を見つめる、興奮と敬意があった。
私は……夫の前で、別の男に抱かれている。
けれどその瞬間、なぜか私たちの距離が“開く”のではなく、“繋がった”ように感じた。
「あなた……っ、私……こんなに、見せてるのに……なぜか、嬉しい……」
声にならない心の叫びが、唇から漏れる。
そのときだった。
「……ああっ!」
背後から、男の動きが一段と深くなる。
腰が引き寄せられ、奥に突き上げられ、全身の感覚が一点に集中する。
喉の奥で熱が爆ぜ、目の前が白く滲む。
私の内側に、熱い奔流が流れ込んでくるのを感じた。
その感覚に震えながら、私は仁志さんの方を見た。
彼は静かに笑っていた。まるですべてを見届ける神のように。
その膝には、再び私が招かれる。
ずり落ちるように仁志さんの膝に座らされ、もう一度、巨大な塊が私の中を押し開いていく。
すでに満たされた身体が、さらに奥まで貫かれて、私は言葉も出せず、ただ息を漏らすしかなかった。
(私は……壊れていく。なのに、なぜこんなにも幸福なんだろう)
背徳の中でしか得られない赦しが、そこにあった。
快楽の果てに、理性の欠片が溶けていく。
そしてその残骸を、夫の視線が優しく抱きしめていた。
交わりは、やがて終わりを迎える。
肌に残る手の感触、内腿を伝う精のぬくもり、擦れた声、名残惜しげな吐息。
すべてが、夢のように体に刻まれていった。
恵里さんが、そっと私に寄り添ってきた。
「……綾子さん、あなた、とても綺麗だった。
あなたの“本当”が見えた気がした……」
私は笑ってしまった。
頬に残る涙を拭いながら、夫の手を探した。
差し出された指が、ほんの少し震えていた。
——私は今夜、何人もの男に抱かれた。
でも、それでも私は「妻」であり、「女」であり、そして——「私自身」に、ようやく出会えた。
帰り道、夫は静かに私の手を握った。
「……綾子。今夜の君が、本当の君なら……
俺はその全部を、もう一度、愛し直したいと思ったよ」
夜の空が、少し白んできていた。
風は穏やかで、少し甘い匂いがした。
恵里さん夫婦の姿が、闇に溶けるように去っていく。
それは、終わりではなく始まりだった。
崩れたその先にあったのは、堕落でも後悔でもない。
——赦しと、再生だった。
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