「見られる私に、はじめて欲望を許した夜」
――触れられていないのに、私はもう、ほどけていた
私はずっと、“自分の身体”と“欲望”を、どこか別の棚に置いて生きてきた気がする。
陸上部で磨いた身体に対して、男の人が何かを言うとき、
それはいつも、身体の「外見」だけを撫でていく言葉だった。
「引き締まってるね」「スタイルいいよね」「鍛えてるの?」
褒められているのに、なぜか心は空っぽのまま。
それが、私という女の“外皮”だけを見ている目線だと、どこかで気づいていたからだろう。
けれど。
新潟の温泉旅館で──
湯けむりに満ちたあの露天風呂で出会った、名前も知らないあの人の視線は、まるで違っていた。
ただ、静かに。
声もなく。
触れられもしないのに、私はまるで、見られるだけで“内側”に火を灯されていくようだった。
羞恥よりも、解放感。
隠しているはずのタオルの下、ほんの少しだけ見えてしまった脚のライン。
ちらりとのぞいた胸元の曲線。
それを「偶然」ではなく「わざと」見せてしまいたくなる衝動。
(なにこれ……私、どうして……こんなに……)
部屋に戻った私は、着替えもせず、布団に潜り込んだ。
頬が熱い。
身体の奥が、ぬるく疼いている。
喉の奥で、何かが詰まっていた。
誰にも触れられていないのに、私の身体は、誰かに触れられたときと同じ反応をしていた。
私は、浴衣の胸元に手をかけた。
下着の上から、自分の胸にそっと触れる。
小さな胸──でもあの人は、それをじっと見つめていた。
胸の形、呼吸に合わせて微かに動く谷間……そんなところまで、視線は感じ取っていた。
私は目を閉じて、右手をゆっくりと滑らせていく。
太もも、下腹部、そして──その奥へ。
指が、自分の柔らかな場所に触れた瞬間、
あの露天風呂のぬるい湯の感覚が蘇る。
湯のなかで、ほんの少し開いた脚。
男の人の気配。
お尻を見られていたときの、ぞくっとした感覚。
(ダメなのに……)
そう思いながら、私は左手で口元を押さえた。
声が漏れそうになるのを、止めたかった。
でも、心の奥では──
(見られたい)
そう願っていた。
誰かの視線に、自分が変わっていく瞬間。
女であることを思い出す、鮮やかな痛みと喜び。
その記憶だけで、私の身体は甘く脈を打ち続けていた。
指先で、そこをそっとなぞる。
軽く、円を描くように。
水滴のようなぬめりが、すでにあった。
肌と肌が溶けあうような温度。
熱い。息が止まる。震える。
そして、少しだけ強く──触れた瞬間。
「……あ、ん……」
耐えきれず漏れた吐息に、自分で驚いた。
でももう、止められなかった。
湯けむりの中で見られていたあの私が、今も心の中にいて、
その視線が、私のすべてをやさしく押し広げていく。
(見て……)
心の中で呟いた。
もう誰もいないのに。
あの夜の露天風呂に、私はまた戻っていた。
指先のリズムが早くなる。
脚が自然に開き、胸も震え、背筋がわずかに反り返る。
(……もう……)
波が来る。
押し寄せて、崩れて、すべてをさらっていく。
その瞬間、私は自分を許していた。
女であることも、欲しがることも、見られたいと思うことも。
すべて、私なんだと。
私は、自分の指で、自分の奥を見つめた。
涙が浮かんでいた。
それは快感の余韻か、何かが報われた安堵か、
ただ、静かに零れていった。
――ふと、窓の外を見ると、雪はまだ降っていた。
あの夜。
私はひとつの境界線を、越えたのだと思う。
もう“見られる”ことに、怯えない。
私は、自分の欲望に、正直でいていい。
女であることは、時に試される。
でも見つめられた瞬間、私は、世界の中心にいると知った。
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