深夜のネットカフェには、昼とはまったく違う空気が流れている。
低く抑えられた照明の下で、キーボードの音も、足音さえも吸い込まれてしまいそうな静けさ。
でも──その沈黙の中に、私はいつも、熱を感じている。
制服を纏っていても、それは肌のすぐ下で脈打つように存在し、呼吸とともに身体の奥から疼いてくる。
その熱の正体が“性欲”だと気づいたのは、客としてこの店に通っていた頃。
ブースに入って鍵をかけると、私の世界は“自分をほどく時間”に切り替わった。
ノーパンで透けるワンピース。露出のスリル。
隙間から誰かに見られるかもしれないという期待──
誰にも気づかれずに快楽の渦に堕ちていく、その緊張感が、私を強く濡らした。
でも今は、“店員”としてここにいる。
制服のボタンをきちんと留めて、名札をつけて、レジに立つ。
けれど、私の本質は何も変わっていない。
むしろ──この立場のほうが、背徳の温度は高くなる。
ある夜、彼は静かに現れた。
黒いキャップに、薄いグレーのパーカー。
目立たない風貌なのに、私の目は彼に自然と吸い寄せられていた。
どこか影を引きずっているような雰囲気。
でも、その視線だけが鋭くて、受付に立つ私の胸元を、ほんの一瞬だけ射抜いたのを、私は見逃さなかった。
「3時間でお願いします。……奥の、空いてるブースで」
低く通った声に、私の鼓膜が微かに震えた。
彼を奥のブースへと案内しながら、私は自分の太ももがじわりと熱を帯びていくのを感じた。
この人なら、きっと私の“欲望”に火を点けてくれる──そんな予感。
1時間が過ぎた頃。
私はモップを持って、ブース清掃の名目でゆっくりと彼のブースへ近づいた。
カーテンは閉じている。
けれどその向こうから、微かな音が漏れていた。
押し殺した吐息。
布ずれのような擦れる音。
それに──くぐもった、女の喘ぎ声。
(やっぱり……)
ブースの中で、彼が何をしているかは明白だった。
私は、意図的にゆっくりとノックした。
「……失礼します。店内点検です。すみません、少しだけ開けますね」
少しだけ、ほんの少しだけ──
カーテンの隙間から覗いたその瞬間、私は一瞬、息が止まった。
彼は、パーカーを脱ぎ、シャツをたくし上げ、椅子にもたれていた。
ヘッドホンをつけたまま、目を閉じ、ブランケットの下で、明らかに自分を慰めていた。
そして──その膝元には、女物のショーツと、小さなローターが転がっていた。
ブースをそっと閉じた私の心臓は、爆発しそうだった。
制服の下、下着がすでに湿っていた。
私はその場を離れずに、カウンターで震える指先を落ち着かせながら、ある“嘘”を思いついた。
「……長時間利用の方に、マッサージの無料テストサービスをご案内していて」
そう言って、再び彼のブースをノックした。
「……もしよろしければ、数分だけ、お時間をいただけますか?」
少しの沈黙のあと、彼は低く「いいですよ」と答えた。
私の中で何かがはじけた。
ブースの中に入ると、毛布が膝元まで落ち、彼の興奮が露わになっていた。
目をそらさずに、私は言った。
「肩、お借りしますね。……そのままで大丈夫です」
彼の肩に手を置いた瞬間、私の指先から彼の熱が伝わってくる。
毛布の下で蠢くその動きに、私は一瞬たじろいだ──でも、逃げなかった。
むしろ、身体が勝手に反応していた。
「……さっき、見てしまいました」
小さく呟くと、彼の手の動きが止まる。
私は彼の耳元に顔を寄せた。
「私、……見られるの、好きなんです」
その瞬間、彼の手が私の太ももに触れた。
制服の裾をなぞる指が、内側へ滑り込んでくる。
私は小さく震えながら、脚を開いた。
「触れても……怒らないでくださいね?」
彼の指先が、私の下着越しにじっとりと濡れた部分をなぞる。
呼吸が荒くなるのを隠せず、私は彼の首筋に顔を押し当てた。
声が漏れないように、唇を噛んだ。
「……中でしてもいい?」
彼の囁きに、私は頷くしかなかった。
静かに、深く、私の中に彼が入り込んできたとき──
私はこのブースの狭さに、逆に“安全”を感じた。
外からは誰も見えない。でも、私は丸裸だった。
制服のまま、従業員として、名札をつけたまま──
私は、男の身体に抱かれていた。
繋がるたび、奥を突かれるたび、身体が跳ねる。
でも声は出せない。
声を我慢するほど、快感は強くなる。
音を殺して達する、その行為が、たまらなく背徳的で、
たまらなく……気持ちよかった。
絶頂の波に身体を持っていかれたあと、彼の肩に額を押しつけたまま、私は動けなかった。
ただ、汗ばんだままの制服と、私の中でまだ余韻を残す彼の熱だけが、現実を教えていた。
「また……来てもいいですか?」
彼のその言葉に、私は微笑んで答えた。
「その代わり、次はあなたが……私を見てて」
私は、見られることで、女に戻る。
そして、制服の奥に隠していた欲望は、今夜もまた、溶けていく。
コメント