女上司、歪んだ刺激と躾に溺れる、SM不倫性交。 昼休みはダメな部下に躾けられて…。 専属美女の『苦しみ』という快楽を解放―。 めぐり
【第1部】昼休みの会議室で始まった「躾」──完璧主義の女上司が崩れる瞬間
私は、めぐり。都心のオフィス機器販売会社で営業部長をしている。
名刺に刷られたその肩書きと、月末の数字だけが、ここ数年の私を支えてきた。
朝一番で届くメール、客先からのクレーム、上から降ってくる無茶なノルマ。
それでも私が「部長」として立っていられるのは、自分を締め上げて、決めた通りに動くしかないと、どこかで諦めていたからだ。
家に帰れば夫がいる。
けれど、リビングで交わされるのは、光熱費とローンの話ばかり。
夜、同じベッドに入っても、背中と背中が触れないように寝返りを打つクセだけが、互いの距離を教えてくれる。
「部長、今日も早いっすね」
出社してすぐ、いつもの軽い声がかかる。
吉野。私の部下で、数字だけは最低限クリアするが、それ以上やる気を見せることのない営業社員だ。
ネクタイはゆるみがち、髪も少し伸びすぎ、敬語もところどころ崩れる。
本来なら、真っ先に叱責すべき「ダメな部下」の典型だ。
「資料、昨日の分は?」
「やってますって。昼までには出しますよ、部長」
そう言うわりに、彼のディスプレイには営業用のExcelではなく、社内チャットが映っていたりする。
注意するたびに、胸の奥に小さな苛立ちが蓄積していく。
──どうして、もっと真剣になれないの。
そう叫びたいのは、彼に対してなのか。
それとも、今の生活をだらだら続けている自分自身に対してなのか。
その境界が、だんだん曖昧になっていた。
その日、きっかけは、本当に些細なことだった。
午前中の会議で、私はプレゼン資料の数字を一箇所、読み違えた。
普段ならありえないミスだった。寝不足と、同時進行の案件の多さに、頭が追いついていなかったのだと思う。
会議室を出た瞬間、足が止まった。
ガラスの壁越しに、通路を忙しそうに行き来するスーツ姿がゆらめく。
世界だけが高速で動いていて、自分だけが取り残されているような感覚。
「部長、顔、真っ青っすよ」
いつの間にか、吉野がすぐ横にいた。
彼の無造作な声が、不思議と耳に入りやすい。
「大丈夫。少し、疲れてるだけ」
そう答えると、彼はじっと私を見た。
「……部長って、いつも自分に厳しすぎじゃないですか?」
「部長なんだから、当たり前でしょ」
反射的にそう言いながら、心のどこかがチクリと痛んだ。
当たり前。
その言葉は、夫との関係をゆっくり冷ましていった魔法のようでもあり、呪いのようでもあった。
昼休み。
いつもならデスクでサンドイッチをかじりながらメールを返すのが習慣になっている。
その日も同じようにパソコンに向かっていると、チャットの通知がピコンと鳴った。
──吉野:部長、ちょっと時間いいですか?
──吉野:例のミスの件で、お話したくて。会議室C、押さえました
「……ミスの件?」
胸の奥が、きゅっと掴まれたように縮む。
上司に報告でもするつもりなのか。
それとも、私の指導を責めるつもりなのか。
冷たい不安と、説明のチャンスをもらえた安堵。
相反する感情に背中を押されるようにして、私は会議室Cへ向かった。
ドアを開けると、そこにはもう吉野がいた。
ブラインドは半分ほど閉められ、部屋の中には外の光がうっすらと差し込んでいる。
「座ってください、部長」
珍しく、彼の声が低かった。
私は促されるまま、椅子に腰を下ろす。
「さっきのミスの話だけど」
彼は資料を机に置くと、私の目をまっすぐ見た。
「誰も気づいてないですよ。俺以外は」
「……そう」
肩の力が抜けると同時に、恥ずかしさが込み上げてきた。
自分への苛立ちと、彼に見抜かれていたという羞恥が、混ざり合う。
「部長って、完璧じゃないとダメだって、思ってません?」
「仕事だから当然よ」
「でも人間だから、ミスもしますよね」
彼はそう言いながら、机を軽く指で叩いた。
そのリズムが、妙に耳に残る。
「……部長、さっき会議室で、俺に謝りましたよね」
「ええ。あなたのフォローに助けられたから」
「そのときの顔、見ました?」
唐突な問いに、息を呑む。
見ていたのは、私ではなく、彼の方だ。
「いつもみたいにキリッとしてなくて。なんか──叱られたがってる子どもみたいな顔でしたよ」
「なっ……」
言葉が喉で詰まる。
動揺を悟られまいとして視線を逸らしたのに、心の中心だけが見透かされたような感覚に襲われる。
「図星、っすか?」
彼は少し楽しそうに笑った。
「……何を、言ってるの」
「部長、自分を締めつけるの、好きなんですよね。
決めたルールからはみ出したら、自分で自分を叱って。
誰かに『ダメだ』って言われることを、どこかで待ってる」
その言葉に、心の奥の、触れてほしくなかった場所がかすかに震えた。
誰にも言ったことのない、密かな癖があった。
完璧に仕事をこなせなかった日の夜、鏡の前に立って、自分の頬を軽く叩く。
「ちゃんとしなさい」
声に出して自分を責めると、帰る場所のない緊張が、身体のどこかで安らぐのを感じるのだ。
それは、弱さだと思っていた。
誰にも知られてはいけない、情けない秘密だと。
「……それが、どうしたの」
やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。
「俺、そんな部長を見るの、嫌いじゃないです」
そう言って、吉野は一歩、近づいた。
机を挟んだ距離が、少しだけ縮まる。
「いつもみたいに完璧な部長も、もちろんすごいです。
でも、さっきみたいに隙が見えた瞬間、俺──」
そこで彼は言葉を切り、にやりと笑う。
「──ちょっと、躾けてやりたくなったんですよね」
「……躾?」
「ダメな部下に、ダメ出しされるのって、どうです? 部長」
胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。
彼の言葉は、悪ふざけのようでいて、その奥に奇妙な真剣味があった。
「正しく怒られることを知らない大人って、多いんですよ。
自分を追い込みすぎて、どこまでやったら許されるかも分からない。
そういう人には、ちゃんとした『境界線』を教えてくれる人が必要なんです」
「……それを、あなたがやるっていうの?」
「ええ。ダメな部下に躾けられる、ダメな部長って構図。
悪くないでしょう?」
冗談のような、宣告のようなその提案に、私は言葉を失った。
逃げ出せたはずの瞬間は、いくつもあった。
時計を見て「時間だから」と席を立つこともできた。
上司として「ふざけないで」と一喝することもできた。
けれどそのとき、私の足は床に縫いとめられたように動かなかった。
──叱ってほしい。
──ちゃんと「ここまで」と決めてほしい。
誰にも言えなかった渇望が、彼の言葉の中に、形になって現れていたからだ。
「部長」
静かな声が、昼休みのざわめきから切り離された小さな部屋に沈む。
「素直に言うこと聞けるなら……今日から、俺の『いい子』になってください」
その誘いに、私は小さく息を吸い込んだ。
「……私が、いい子にしていれば、何をされてもいいの?」
自分でも驚くほど、掠れた声だった。
彼の目が、一瞬だけ深く細められる。
「交渉成立ですね、部長」
昼休みの終わりまで、あと三十分。
その短いはずの時間が、私の人生を長く、歪んだ午後へと変えていくことを、このときの私はまだ知らなかった。
【第2部】「ダメな部下」に支配される昼休み──秘密の躾と心が濡れる瞬間
それからの昼休みは、以前とはまるで別の意味を持ち始めた。
最初のうちは、仕事に関する指導だと自分に言い聞かせていた。
会議室や空きスペースで、資料の見直しやロープレをするふりをして、吉野は私のミスを一つ一つ、指でなぞるように指摘してきた。
「ここ、数字の桁が違いますよ。部長らしくない」
「メールの文面、丁寧すぎて何を頼みたいのか伝わってません」
その指摘は的確で、悔しいほど正しかった。
私は黙ってメモを取りながら、「部長らしくない」という言葉に小さく身を縮める。
「そんな顔しないでください。
ちゃんと言うこと聞けるなら、ちゃんと褒めますから」
ときどき見せる、彼の不意の優しさが、厄介だった。
厳しい言葉で追い詰められた直後に投げかけられる「よくできました」という一言が、乾いた心にじわりと染み込んでいく。
──叱られて、苦しくなって、
──それでも最後に「よくやった」と言われたい。
そんな子どもじみた欲求を、私はずっと見ないふりをして生きてきたのだと思う。
ある昼休み、彼はいつもの会議室ではなく、社外のカフェに行こうと提案してきた。
「たまには空気変えましょうよ。
部長、最近ちょっと顔が曇ってる」
窓際の席に座ると、外は初夏の陽射しだった。
グラスの氷が溶けていく音を聞きながら、私はストローを無意識に噛んでいた。
「それ、ダメな癖ですよ」
「え?」
「ストロー、噛むの。部長、緊張するとそうやって何かを潰そうとする」
指摘されて初めて、自分の癖に気づく。
慌ててストローから唇を離すと、彼は小さく笑った。
「……その代わり、何をすればいいの?」
自分でも不思議なほど素直に、そんな言葉が口をついて出る。
「そうですね」
彼は少し考えるふりをしてから、声を潜める。
「今日の午後、俺の指示を一つだけ、絶対に断らないこと」
「……どんな指示?」
「それは秘密です。
でも、部長が困るようなことはしませんよ。
『ちゃんと躾ける』だけですから」
からかうようでいて、その目の奥は真剣だった。
私の中で、理性が小さく警鐘を鳴らす。
──やめなさい。
──部下との距離を、これ以上、曖昧にしてはいけない。
けれど、それ以上に大きな声が、別の場所から聞こえていた。
──境界線を誰かに決めてほしい。
──自分で自分を罰するのは、もう疲れた。
「……分かったわ」
気づけば、そう答えていた。
午後、立て込んだ用件をなんとか捌き終えたころ、社用携帯にメッセージが届く。
──吉野:今から五分後、ビルの裏手の出口に来てください
「裏手……?」
オフィスフロアからエレベーターを降り、ビルの裏口へ向かうと、そこは配送業者が出入りする小さな通用口だった。
灰皿と自販機が並んだ、ビルの影のような場所。
「こっちです、部長」
壁にもたれていた吉野が、私を見るなり手招きする。
彼はスーツの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくっていた。
さっきまでオフィスにいた同じ人物とは思えない、ラフな空気。
「……こんなところで、何をするつもり?」
「簡単ですよ」
彼はポケットから、小さなものを取り出した。
黒いゴム製の輪。
髪を束ねるためのヘアゴムのようにも見える。
「部長、いつも髪、きっちりまとめてるじゃないですか」
「仕事中なんだから、当然でしょ」
「でも、たまには、俺のために崩してくれてもよくないですか?」
そう言って、彼はそのゴムを指で弾いた。
パチンという小さな音が、やけに大きく響く。
「──今日の指示、それです。
今から、髪をほどいてください。
部長の、そのきっちりした鎧を、一つだけ外してみましょう」
胸が、ドクンと高鳴る。
それは、距離が近すぎるという意味で危険な提案だった。
同時に、ずっと誰かに求められたかったことでもあった。
「……ここで?」
「ここで」
他に誰もいないことを、何度も確認してしまう。
ビルの影に落ちる薄暗さが、現実感を少し遠ざける。
私は、そっと後ろ髪に手を伸ばした。
長年、変えずにきたきっちりしたまとめ髪。
それを留めていたピンを一本一本外していくと、髪が肩に落ちていく感覚がある。
最後の一本を外したとき、風がふっと首筋を撫でた。
思わず身体が震える。
「……部長、似合ってますよ。
その方が、ずっと女らしい」
彼の低い声が耳に落ちた瞬間、心のどこかで緊張がほどけ、別のものがゆっくりと満ちていく。
「いつも全部自分でコントロールしようとするから、苦しくなるんです。
こうやって、誰かの言葉に従うだけの時間があっても、いいでしょう?」
私は小さく頷いた。
首筋に垂れた髪がふわりと揺れる。そのささやかな変化が、思っていた以上に心地よい。
「ほら、ちゃんと言ってください」
「……なにを?」
「今日の俺の指示に、ちゃんと従ったって。
部長、自分から言わないと」
彼の強引な言い方に、心がわずかに抵抗を示す。
けれど、同時に、その抵抗ごと飲み込まれたいという衝動も湧き上がる。
「……私、今日は……」
喉が乾く。
自分の声が、自分のものではないように震えている。
「あなたの指示に、ちゃんと従いました」
その告白を聞いて、吉野は満足そうに目を細めた。
「いい子ですね、部長」
その一言が、なぜこんなにも胸に響くのか、自分でも分からなかった。
それから、髪をほどくことは、二人だけの合図になっていった。
昼休み、彼に呼ばれてビルの影や静かな会議室で向き合うとき、私はきっちりまとめた髪を解き、彼の前に現れる。
「今日もちゃんと、俺のために崩してくれたんですね」
「……あなたがそうしろって言ったから」
「言われないとできないんですか?」
低く抑えた声でそう言われると、胸の奥がじわりと熱くなる。
叱責と称賛の境目を、彼は巧みに行き来する。
「ダメな部下」のはずの彼に、いつの間にか、私の心の手綱が握られていく。
それは、身体の関係よりも先に、心が濡れていくような感覚だった。
部長としての私が、少しずつ剥がされていく。
代わりに現れるのは、「いい子」と呼ばれることだけを求める、素直で、情けない私。
──このままでは、いけない。
理性は何度もそう告げる。
けれど、そのたびに、彼の静かな声が奥底から響いてくる。
「大丈夫ですよ、部長。
俺がちゃんと、境界線を引きますから」
その言葉だけが、唯一の安全装置のように聞こえていた。
【第3部】壊された境界線、失われた「部長」──昼休みの終わりに下された最後の躾
「部長、来週の金曜日、昼休み、少し長めに取れますか」
ある日、吉野はそう切り出した。
月末前の忙しい時期だったが、スケジュールを確認すると、ちょうど一時間ほど空きがあった。
「なんとか、なるかもしれない」
そう答えると、彼は意味ありげに微笑む。
「じゃあ、その時間、俺に全部預けてください」
「全部って……」
「メールも、電話も、一時間だけ忘れてください。
仕事も、『部長』って肩書きも。
その代わり、その一時間のめぐりさんは、俺のものです」
初めて、彼は私を名前で呼んだ。
その音の響きが、思っていた以上に甘く、残酷だった。
部長としての仮面を剥がされ、素の自分だけを呼び出されるような感覚。
「……あなた、本当に、どこまで行くつもり?」
問いかける声には、非難と、期待が入り混じっていた。
「それを決めるのは、めぐりさんですよ」
彼はあくまで柔らかく笑う。
「嫌なら、逃げればいい。
でも、ここまで来て、今さら逃げられます?」
図星だった。
私はすでに、彼の描いた境界線の中に、深く足を踏み入れてしまっていた。
そして、約束の日。
昼休み、私はいつものように髪を解き、スーツのジャケットを椅子の背に掛けた。
胸の鼓動が、いつもより少しだけ早い。
「行きましょうか、めぐりさん」
吉野は、当たり前のような顔でオフィスを出る。
私も、社員たちの視線を背中に受けながら、その後を追った。
向かったのは、オフィスから数分歩いた場所にある、小さなビジネスホテルだった。
「ここ……は」
「打ち合わせ用のデイユース、便利なんですよ。
部長も使ったことありますよね?」
たしかに、客先との長時間の打ち合わせや、地方から出張に来た同僚のために、何度か利用したことがある。
そのときは、あくまで仕事としてだった。
けれど今、目の前にあるドアは、まるで別の意味を持っているように見えた。
「心配しなくていいですよ」
吉野は、私の不安を読み取ったかのように言う。
「俺は、めぐりさんが嫌がることはしません。
でも、めぐりさんが『部長』に戻れなくなるくらいまで、ちゃんと躾けます」
その宣言は、優しさと残酷さを同時に含んでいた。
部屋に入ると、外の世界の音がすっと遮断される。
清潔な白いベッド、壁掛けのテレビ、小さなデスク。
見慣れたはずの設備が、今は異様なほど無機質に見える。
「時計、外してください」
彼の言葉に、私は腕時計を外し、デスクの上に置いた。
時刻という現実の鎖から、一本だけ解き放たれる。
「スマホも、音を切って、見えないところに置いて」
言われるままに、バッグの中にスマホをしまう。
いつでも仕事に引き戻してくれる小さな画面は、今だけ封印された。
「これで、もう逃げ道はありませんね」
彼は、ベッドの端に腰を下ろし、手招きした。
「ここに座ってください。
今日は『部長』じゃなくて、俺の『いい子』として、最後の躾を受けてもらいます」
私は、ゆっくりと歩み寄り、彼の前に座った。
「……最後?」
「ええ。
これが終わったら、もう二度と、こういうことはしません」
予想外の言葉に、胸がざわつく。
「どうして」
「めぐりさん、最近、目が危なくなってきてるから」
彼は淡々と言った。
「俺を、仕事のストレスの逃げ場にしすぎてます。
最初は軽い躾のつもりだったけど──
このままだと、めぐりさん、本当に壊れますよ」
思わず、彼の顔を見つめる。
そこには、いつもの意地悪な笑みではなく、真剣な表情があった。
「俺は、責任取るつもりなんてなかった。
ただ、完璧な部長の鎧を外して、その下に隠れてる本当の顔を見てみたかっただけです」
言葉が、鋭く胸に突き刺さる。
「でも、思ったよりも、めぐりさんの中身が……柔らかすぎた。
一度、誰かに甘えると、今まで我慢してきた分まで全部、溢れ出してしまう」
彼の言う通りだった。
私は、彼に「いい子」と呼ばれるたび、
叱られてから撫でられるたび、
少しずつ、夫にも、仕事にも見せたことのない顔を晒していった。
「だから、今日で終わりにします。
その代わり──」
彼は静かに続けた。
「今日だけは、めぐりさんの『壊れたい』って気持ちを、俺が全部、受け止めます」
その言葉は、告白であり、別れの宣言でもあった。
「……ひどい人ね」
気づけば、声が震えていた。
「こんなところまで連れてきて、最後だなんて」
「ひどいですよ。自分でも分かってます」
それでも、と彼は言う。
「めぐりさん、これは不倫です。
しかも、上司と部下の関係を利用した、バランスの悪い関係だ」
はっきりとそう言われて、現実が一気に押し寄せる。
「俺は、めぐりさんのことを『ペット』みたいに扱ってきた。
それが、めぐりさんにとって一時的な救いになっていたとしても、
このまま続けたら、いずれもっと深い傷になります」
「それでも、あなたが……」
支えてほしい、と言いかけて、言葉を飲み込む。
それは、部長としても、妻としても、口にしてはいけない願いだった。
「最後の躾は、簡単ですよ」
彼は、ベッドから立ち上がり、私の前に膝をついた。
「めぐりさん、自分の本当の気持ちを、声に出して言ってください」
「本当の……気持ち」
「俺に何をされたいのか、じゃない。
俺と何をしたいのか、でもない。
『どうなりたいのか』を、ちゃんと言葉にして」
問いかけは、予想していたよりもずっと重かった。
私は、長い間忘れていた自分の心を、必死で探る。
──壊れたい。
──楽になりたい。
──誰かに全部委ねたい。
そのどれもが、瞬間的な本音だった。
けれど、それだけでは足りないと直感した。
沈黙を破ったのは、意外な言葉だった。
「……ちゃんと、怒られたい」
「怒られたい?」
「そう。
仕事を理由に、夫を遠ざけて。
完璧な部長を演じて。
そのくせ、自分ではどうにもできなくなって、
こうやって、あなたみたいな部下に逃げてきた私を──」
呼吸が詰まりそうになる。
「誰かに、ちゃんと『ダメだ』って言ってほしい。
そのうえで、『それでもまだ間に合う』って、許してほしいの」
それは、私自身も知らなかった願いだった。
吉野は、しばらく黙って私を見つめた。
「……それ、俺の役目じゃないですね」
静かな答えだった。
「俺は、めぐりさんを躾けるふりをして、
めぐりさんの弱さに甘えてきただけです。
怒るふりも、許すふりもできるけど、本当の意味では責任を取れない」
「じゃあ、誰が」
思わず問い返すと、彼は少しだけ微笑んだ。
「最初に、鏡の前で自分を叩いたときのめぐりさん、ですよ」
その一言で、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
「自分の頬を叩きながら、『ちゃんとしなさい』って言ったんでしょう?」
私が誰にも話したことのない秘密を、彼は見抜いていた。
「本当は、そのとき、もう気づいてたはずなんです。
自分で自分を罰しても、何も解決しないって」
視界が滲む。
涙が出ていることに気づくまで、少し時間がかかった。
「めぐりさん。
俺が今日、本当にやるべき『躾』は一つだけです」
彼はそっと、私の手を両手で包み込んだ。
「ここから先の時間は、俺との逃避じゃなくて、
自分の人生をどうするか考えるために使ってください」
「……そんなの、今さら」
「今さらでも、やらないと、一生『今さら』のままですよ」
諭すような声に、胸が締め付けられる。
「この不倫関係も、SMごっこみたいな躾も、今日で終わりです。
部長としての仮面も、都合のいい『ペット』としての仮面も、
全部、一回外してください」
そう言って、彼はベッドから離れ、部屋の隅の椅子に腰を下ろした。
「俺はここにいます。
でも、何もしません。
めぐりさんが、自分で決めるまで」
昼休みの静寂が、ただ、部屋を満たしていた。
私は、しばらく動けなかった。
気づけば、泣いていた。
肩が大きく上下し、抑えきれない嗚咽が漏れる。
「どうして、今なの……」
やっとのことで絞り出した声は、子どものように情けなかった。
「もっと早く、止めてくれればよかったのに」
「止めようとしても、あの頃のめぐりさんは聞かなかったですよ」
彼の返事は、どこか優しかった。
「だから今です。
壊れる一歩手前で、ちゃんと自分で選べる最後のタイミング」
私は、涙でにじむ視界の中で、天井を見上げた。
白い壁紙が、やけに遠く感じる。
──私は、どうなりたいのか。
彼に「いい子」と呼ばれ続けたいのか。
夫と冷えた関係を続けたまま、仕事だけを拠り所に生きていくのか。
それとも、誰のものでもない自分を取り戻すのか。
答えはすぐには出なかった。
けれど、涙が徐々に乾いていくのに合わせて、心の中に一本の線が引かれていくのを感じた。
「……終わりにする」
「はい」
「あなたとの関係も。
自分を罰するためだけの仕事の仕方も。
全部、一回、終わりにする」
それは、簡単に実行できる約束ではなかった。
けれど、その一歩を踏み出さない限り、私は永遠に誰かの「ペット」のままだと思った。
「めぐりさんなら、できますよ」
吉野の声は、いつになく静かだった。
「俺は、部長としてのめぐりさんに迷惑かけたダメな部下として、ちゃんと異動願い出します。
この会社で、これ以上、逃げ場にならないように」
「勝手に、決めないで」
そう言いながらも、心のどこかで安堵した自分がいた。
この関係は、私一人の意志だけでは断ち切れないと思っていたからだ。
「最後に一つだけ、命令してもいい?」
私は、涙の跡を指で拭いながら、問いかけた。
「命令?」
「ええ。
部長としてじゃなくて、一人の女として」
吉野は、少しだけ目を見開いた。
「……なんですか」
「私に、『ちゃんと生きろ』って言って」
自分で言葉にして、少し笑ってしまった。
そんな命令は、本来なら自分にしか出せないのに。
けれど彼は、真剣な顔で頷いた。
「めぐり」
初めて、敬称も肩書きもなく、名前だけを呼ばれる。
「ちゃんと、生きろ」
その一言が、これまでのどんな「いい子だ」よりも、深く胸に落ちた。
昼休みの終わりを告げる時間が近づいていた。
私は腕時計を拾い上げ、再び腕にはめる。
指先が、かすかに震えていた。
部屋を出るとき、私たちは、もう互いを見なかった。
ただ、同じ方向に向かって歩きながら、それぞれの境界線を引き直していた。
まとめ:女上司はなぜ「躾けられる快感」に溺れたのか──支配と依存の先に残ったもの
この体験を「ただの不倫」や「SMごっこ」と片づけることは簡単だと思う。
実際、表面的にはその通りだからだ。
けれど、私自身が一番よく分かっている。
本当に危険だったのは、身体ではなく、心の方だということを。
完璧な部長を演じ続けるうちに、私は「怒られ方」を忘れていた。
誰かに正しく叱られ、正しく許される感覚を失った大人は、
いつの間にか、自分で自分を過剰に罰するようになる。
鏡の前で頬を叩いていたあの夜。
あのとき私は、すでに、自分に優しくする方法を見失っていた。
そこに現れた吉野は、
私の弱さを見抜き、支配し、甘やかし、そして最後に手放した。
それは、道徳的に正しい行動ではなかったかもしれない。
けれど結果として、私は彼との歪んだ関係を通して、
自分の「壊れたい」という衝動の正体を、はっきりと直視させられた。
──誰かに支配される快感。
──「いい子」と呼ばれる安心感。
──叱られたあとで抱きしめられるような赦しへの渇望。
それらはすべて、幼い頃から積み上がってきた感情の延長線上にあったのだと思う。
仕事に自分の存在価値を預けすぎた結果、恋愛や夫婦関係に向き合う力を失い、
その穴を、昼休み一時間の「躾」によって埋めようとした。
けれど、その一時間は永遠ではない。
時計を外しても、現実は必ず戻ってくる。
あの日、ビジネスホテルの部屋で、
私は初めて、自分の人生を「誰のものでもない、自分のもの」として見つめ直した。
夫との関係をどうするのか。
仕事との距離をどう取るのか。
自分の中の「Mの性質」と、どう付き合っていくのか。
答えはまだ、途中だ。
カウンセリングに通い始め、夫とは時間をかけて話し合いを続けている。
仕事も、少しだけ、他人に頼ることを覚え始めた。
吉野との関係は、あの日を最後に終わった。
けれど、ときどきふと、髪をまとめようとした手が止まるときがある。
ビルの影で、髪をほどくたびに呼び出された「いい子」の私が、まだ心のどこかに眠っている。
そのたびに、私は鏡の前で、静かに自分に言い聞かせる。
「ちゃんと、生きろ」
もう、自分の頬を叩く必要はない。
罰ではなく、選択として、自分にそう命じる。
女上司である前に、一人の人間として。
誰かのペットでも、誰かの都合のいい「部長」でもない自分として。
歪んだ刺激と躾に溺れたあの昼休みは、
今も、心のどこかで疼く記憶として残っている。
それでも、あの経験があったからこそ、
私は今、「支配される快感」ではなく
「自分の足で立つ痛み」を選び直しているのだと思う。
これは、決して誇れる体験談ではない。
けれど、同じように自分を締めつけることでしか立っていられなくなった誰かが、
ほんの少しでも、自分を許すきっかけになってくれるのなら──
昼休みの一時間に壊された私は、
少しだけ報われる気がしている。




コメント