「触れてはいけない人ほど、夜の風はやさしく吹いた」
ハワイ島、マウナケアの星空は、息を呑むほど美しかった。
標高4,205メートル。雲を越えたその山頂から眺めた夜空は、まるで天の川の中に自分が漂っているようで──
そんな場所で私たちは、地上の引力を振り切るようにして、恋や友情の境界を曖昧にしていった。
大学の「宇宙研究会」。名前こそロマンチックだけれど、実際には飲み会と星空観測を交互に繰り返す、ゆるくて不思議な集まりだった。
その冬、サークルの企画で訪れたハワイ。ビッグアイランドと呼ばれるこの島の自然は、想像よりもずっと静かで、雄大だった。
ロッジはハワイ島の西海岸、カイルア・コナ近くの丘にあった。
昼はイルカの泳ぐケアラケクア湾でシュノーケリングを楽しみ、夜は満天の星の下、焚き火を囲んで語り合った。
高志くんは、聖子の彼氏だった。
ふたりは同じ学部で、付き合ってもうすぐ1年になる。手をつなぎながら歩く後ろ姿は、どこか完成された彫刻のようで、私にはいつも少しだけまぶしかった。
──でも、気づいていた。
高志くんが私に向ける、一瞬だけ熱を帯びる視線。
それは決して目立たないものだったけれど、視線を返すと、彼はすぐに目をそらした。
……その仕草が、私の中の悪戯心を、少しずつ目覚めさせていった。
その夜、部屋の窓から覗いた空は、丸い月がしっかりと地上を照らしていた。
ロッジの周囲には人工の明かりが少なく、静寂と草木の匂いが、神聖さと少しの孤独を運んできた。
スマートフォンに届いた短いメッセージ。
「ちょっと、ビーチまで来ない?」
差出人は高志くんだった。
彼が部屋を抜け出すのを、私は知っていた。聖子が深い眠りに落ちたあと、隣の部屋の扉が静かに閉じるのを、私はわざと聞き耳を立てていたから。
「どうせ誰にも気づかれないよ」
その一言に、私はピンクベージュの口紅を引き、白のキャミソールの上から薄手のカーディガンを羽織った。
自分でも驚くほど、すぐに部屋を出る決心がついていた。
ビーチは、ロッジから少し下った場所にあるプライベートな入り江。
昼間には子どもたちが遊んでいた場所も、夜になると波音だけが支配する、静寂の舞台となる。
裸足で砂に足を沈めると、まだ日中の温もりがわずかに残っていた。
彼は、先にそこに立っていた。月明かりに照らされ、遠くの水平線に目を向けている。
その横顔がやけに寂しそうで、私は思わず近づいてしまった。
「……なんで呼んだの?」
そう尋ねると、彼はゆっくりと私の方を向いた。
視線が重なった瞬間、彼の目に浮かぶ熱が、私の中に火を灯した。
「ごめん。でも、ずっと我慢してた」
言葉と同時に、彼の手が私の腰に伸びた。
触れられた瞬間、身体が小さく跳ねる。カーディガン越しでも伝わる体温は、思っていたよりもずっと高くて、まるで自分が燃え上がっていくようだった。
彼の唇が、私の額に落ちたとき、もう引き返せないと思った。
キスはやさしく、でも執拗で、私は何度も息を奪われた。
白いキャミソールの下、胸のふくらみにそっと触れる指先が、羞恥と欲望をかき混ぜていく。
彼のシャツのボタンに手をかけながら、私は自分の浅ましさに酔っていた。
親友の恋人に、触れられたくてたまらない。
その背徳感が、夜の風に吹かれて、甘く、淫らに熟れてゆく。
──そのときは、唇と指だけだった。
身体の奥に踏み込むことはなかったけれど、すでに私たちの関係は、戻れない場所に足を踏み入れていた。
朝の光がカーテン越しに降り注ぐ部屋で、私は彼を待っていた。
「体調が悪くて……」と嘘をついて、女性だけのオアフ島観光ツアーには参加しなかった。
聖子はもちろん参加する。私は、それを知っていた。
ノックがひとつ、部屋の扉に響いた瞬間、心臓が喉の奥まで跳ね上がった。
そして次の瞬間には、私は彼の腕の中にいた。
唇が、肌が、吐息が、まだベッドの端にも届かないうちに、二人の境界を溶かしていく。
服を脱ぐというよりは、むしろ“手放す”という感覚だった。
気づけば彼のシャツも、私のカーディガンもキャミソールも、ベッドの下に落ちていた。
彼の唇が、私の鎖骨に触れた瞬間、全身の神経がそこに集まる。
唇が、舌が、やがて乳首のまわりをゆっくりと円を描くように撫でまわし、
私は思わず腰を浮かせていた。
「……待てない」
彼の囁きとともに、私の脚のあいだから吐息が注ぎ込まれた。
秘められた場所に、彼の顔が沈んでいく。
濡れた舌が、花の中心にある小さな芽をやさしく吸いあげた瞬間、声が漏れた。
「や…っ、そこ……だめ……」
でも、止められない。
舌先がそっと切れ込みをなぞり、内側を味わうように滑り込んできたとき、
快感が波のように押し寄せ、私はシーツを握りしめて震えた。
太腿を開ききった私の姿に、彼は息を飲んで見入っていた。
その視線に羞恥と興奮が絡まり、私は思わず彼を見上げた。
彼のものが、熱を孕みながら私の目前に聳えていた。
その形、その硬さ──
私の唇は、自然とそこに吸い寄せられていた。
「……していい?」
問いかけたのは私だった。
彼は微かにうなずき、髪をそっと撫でてくれた。
私は、唇で包み込み、ゆっくりとその熱を味わい始めた。
根元に向かって舌を這わせ、甘く吸い上げると、彼の喉がかすかに鳴った。
彼の香りと味が、喉の奥まで満ちていく。
それは罪そのものの味であり、同時に、誰にも与えられたことのない特権のようだった。
ふいに、彼が私を押し倒し、身体を重ねてきた。
私は両脚で彼の腰を受け入れ、彼のものが私の奥へとゆっくりと沈んでくる。
息が止まるかと思うほどの熱が、身体の中心に到達し、
奥の奥まで満ちていく感覚に、自然と爪が彼の背に食い込んだ。
「入ったね……」
私の呟きに、彼は微笑みながら腰を動かしはじめた。
最初はゆっくりと、ふたりのリズムを探るように。
けれど、やがて動きは激しく、深くなり、私は何度も彼の名を呼びながら、快感の渦に巻き込まれていった。
正常位から、私が彼の上に跨るように体位を変えると、
太陽の光が私の汗ばんだ胸を照らし出した。
彼の視線がそこに吸い寄せられる。
私は彼を見下ろしながら、自分の中で感じる熱の蠢きを、そのまま腰の動きに変えていった。
「見て、私……あなたの上で、こんなに……」
快感と羞恥、征服と解放──
それらが一度に押し寄せてきて、私は自分が誰なのかさえ分からなくなっていた。
最後は、後ろから。
彼に腰を掴まれ、ベッドに手をついたまま、深く何度も突き上げられる。
そのたびに快感が喉から溢れ、私は目の奥が真っ白になるまで感じて、揺れて、蕩けていった。
そして──
「……もう、無理、だめ……っ」
身体が限界を超えた瞬間、彼も私も、最後の絶頂に達した。
世界が静止したような一瞬、私は彼にすべてを預けきっていた。
シャワーを浴びて、素肌にバスローブを羽織ったころ。
再びスマートフォンが鳴った。表示された名前は、「聖子」。
「ねえ、高志、そっちにいないよね?」
私は窓辺に立ち、空を見上げながら微笑んだ。
「ううん、来てないよ。今、日光浴しようかなって思ってたところ」
後ろでバスローブの隙間から手を差し入れてくる彼の手を、私はそっと握った。
ああ、もう戻れない。
でも、こんなに深く満たされるなら、それでも構わない──そう思った。
私たちは、罪の中でしか出会えなかったふたりだった。



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