誰にも話せないことが、ある。
あまりにも日常から乖離していて、けれど確かに私の体と心に刻まれた、熱と悦びの記憶。
35歳の私は、主婦であり、母であり、妻でもある。
そして…もう随分と長いこと、「女」として触れられてはいなかった。
夫とは、表面上穏やかな関係を保っている。
子どもにも恵まれ、周囲からは「いい家庭だね」と言われることもある。
でも、ベッドでは、ただの同居人だった。
夫の手が、もう何年も私の肌に触れてこないことを、最初は悲しく思っていた。
けれど、いつしかそれは「仕方のないこと」に変わり、私は女であることをどこかに仕舞い込んで生きるようになった。
そんなある日。
通い慣れたジムで出会ったのが、彼――和彦くんだった。
彼は26歳。
私とはひとまわり近く年が離れている。
少し無造作な黒髪、涼しげな目元。笑うと左頬にえくぼができるところがどこか菅田将暉くんに似ていて、
最初はその笑顔に「若い子って、いいな」と思う程度だった。
でも、彼の身体を見たとき、何かが変わった。
トレーニングウェアの下から時折覗く筋肉の陰影。
器具を扱うときに浮かぶ血管。
肩から背中にかけてのなめらかな筋の流れ。
美しい、と思った。
単なる若さじゃない。彼の身体には、鍛え抜かれた男の色気が滲んでいた。
「こんにちは」
「今日、胸筋の日ですか?」
そんな他愛ないやりとりを交わすようになり、私の中に、小さなときめきが芽生えていく。
週に数回のジム通いは、いつしか彼と会うための時間になっていた。
アイラインを丁寧に引いてみたり、タンクトップの色を選んだり。
自分でも呆れるくらい、私は浮かれていた。
そして、年末のある日。
ジムの帰り際、彼がふいに話しかけてきた。
「…よかったら、ご飯行きませんか?」
その一言で、心臓が跳ねた。
「主人と子ども、いま実家に帰ってて……一人なんです」
そう答えた私に、彼はいたずらっぽく笑った。
「じゃあ、ちょうどいいですね」
なぜあのとき、躊躇わなかったのか。
なぜ自分が人妻であることを、あんなに簡単に忘れてしまえたのか。
きっと、私の中の「女」が、ずっと叫んでいたのだと思う。
触れてほしい、見てほしい、抱きしめてほしい――そんな欲望が。
夜、待ち合わせた居酒屋は、カウンターしか空いていなかった。
でも、それがちょうどよかった。隣に座る彼との距離が近くて、ほんの少し肩が触れるだけで、息が詰まりそうだった。
ビールと焼酎を何杯か。
お互いに少しだけ酔ったふりをしながら、他愛のない会話をした。
仕事のこと、ジムでの話、彼女と別れたばかりだということ。
そして、私の家庭のこと。
「……旦那さんとは、もう、そういうの、ないんですか?」
不意にそう聞かれて、ドキリとした。
「……うん。もう、何年もない。お互い、そういう気持ちがなくなったのかもしれない」
答えながら、自分の言葉が寂しくてたまらなかった。
そして、それを聞いた彼の目が、ほんの少しだけ、熱を帯びたのを見逃さなかった。
私は、酔ったふりをして、彼の腕にそっと触れた。
彼の体温がじわりと伝わってきて、そのまましがみつくように身体を預けた。
「……ちょっとだけ、寄ってもいい? あなたの家に」
囁くように言ったその声は、自分でも驚くほど震えていた。
彼の部屋は、整っていた。
柔軟剤と男の汗の匂いが混ざった、独特の匂いがした。
それだけで、もう私の身体は熱くなっていた。
「今日、泊まってっていい?」
そう言った瞬間、私はもう戻れなかった。
彼は驚いたように私を見たけれど、次の瞬間には私を抱きしめていた。
「……ずっと、綺麗だなって思ってました」
囁きながら、彼の手が私の背中を撫でた。
唇が触れる。
肩紐をそっと下ろされる。
指先が、肌をなぞるたびに、女としての私が確かに呼び戻されていく。
そして、彼が服を脱いだとき――私は言葉を失った。
日常では見ることのない、完璧なまでに造られた男の身体。
肩幅、胸筋、腹筋、骨盤にかけてのライン。
そのどれもが、眩しくて、淫靡で、崇拝に近い感情が湧いた。
そして――
下着の奥から、ゆっくりと解き放たれた彼のものを見たとき、私は息を止めた。
太くて、長くて、脈打っていた。
まるで、彼の熱が形になって立ち上がっているようだった。
目が離せなかった。
そして、それが私の中に入ってくることを想像しただけで、太腿が震えた。
「……見すぎですよ」
そう笑った彼が、私をベッドに優しく押し倒し、唇を重ねてきた。
唇、首筋、鎖骨、胸元――
彼の口づけは、ひとつひとつ、私の身体の封印を解いていくようだった。
指先が、太腿の内側を撫でたとき、私はもう濡れていた。
久しぶりに触れられる場所に、身体が震えた。
そして彼の舌がそこに触れたとき、声が漏れた。
「んっ……」
彼は何も言わず、ひたすら丁寧に舌を這わせた。
深く、浅く、焦らすように、私の奥を舐め上げていく。
恥ずかしさよりも、悦びが勝っていた。
こんな風に、私は誰かに愛されたかった。
抱きしめられ、感じさせられ、女として悦ばされることを。
そして、彼が顔を上げて言った。
「……入れていい?」
私は、ためらいなく頷いた。
「……来て、お願い」
その言葉が口をついて出たとき、私はもう抗うことをやめていた。
身体だけじゃない。心の奥底まで、彼に触れてほしいと願っていた。
彼の指が、私の脚の裏に触れる。
太腿の裏からお尻をすくい上げるように支えられ、そのまま脚を持ち上げられた。
開かれる感覚。
恥ずかしさと、それ以上の昂ぶりが入り混じって、吐息がもれる。
彼の熱が、あそこに触れた。
ぬるり、と先端が押し当てられた瞬間、腰が跳ねた。
それだけで、脳が痺れるような快感が走る。
「ゆっくり入れるから……ね」
そう囁いた彼の声は、ささやきなのに体中に響いた。
そして――彼が、私の中へと、ゆっくりと入ってきた。
最初は浅く。
じわりじわりと、奥へと沈んでくる。
「……あ、ふっ……」
押し広げられていく感覚。
奥まで満たされていく悦び。
忘れかけていた感覚が、鮮やかに蘇る。
彼のものは、想像以上に熱く、硬く、大きかった。
私の中を脈打ちながら押し広げていくたびに、快感と恍惚が波のように打ち寄せてくる。
腰が完全に密着したとき、私は彼を脚で抱え込んでいた。
「……気持ちいい」
「うん……すごく……」
彼が動き始めた。
ゆっくりと抜け、また深く沈んでくる。
そのたびに、私は小さく声を上げる。
ぬるり、とした摩擦音と、ベッドの軋みが部屋に響く。
それが妙に淫靡で、さらに身体が火照っていく。
「もっと……強くしてもいい?」
その問いに、私は無言で彼の背に爪を立てた。
それが合図になったように、彼はピストンを速めた。
「んっ、あっ、くぅ……っ」
中で跳ねるように突かれるたびに、身体がのけぞる。
あの角度で、あの深さで、何度も繰り返されると、
理性がどんどん溶けていくのがわかった。
彼の額から汗が滴り落ち、私の胸に落ちた。
その熱が、彼の存在をますますリアルにする。
「……好きになっちゃいそうです、こんなの……」
耳元でそう囁かれた瞬間、身体の奥がキュッと締まり、私は小さく果てた。
でも、彼は止まらなかった。
そのまま私をひとつに繋いだまま、体位を変え、背後から脚を開かせた。
「まだ、いけますよね……?」
若い男の余裕と、淫らな欲望が混ざった声。
私はただ頷くしかなかった。
後ろから突き上げられる感覚は、前とはまるで違った。
奥を突かれるたび、声が漏れるのを抑えきれず、
頬をベッドに押し付けて喘ぐ。
「気持ちいい……気持ちいいよ……」
「めっちゃエロい……全部、感じてる」
彼が私の髪をかき上げ、首筋に口づける。
そのたびに、愛されている錯覚が広がる。
現実なんて、どうでもよかった。
女として、ただ彼に抱かれる悦びに、すべてを委ねたかった。
そして、彼の動きがさらに激しくなる。
深く、強く、彼の熱が奥で弾けるように突き上げてくる。
「……もう、出そう……っ」
「いいよ、来て……一緒に……」
最後は、絶頂と絶頂が重なって果てた。
声にならないほどの快楽の波に飲まれ、私は彼の名を呼びながら、身体ごと溶けた。
気づけば、彼の腕の中で眠っていた。
汗の匂い、彼の体温、息遣い――
全てが、夢のように甘かった。
朝の光がカーテン越しに差し込む中、私は黙って彼の寝顔を見ていた。
このまま、時間が止まればいいのにと思った。
でも、そうはいかない。
私は妻であり、母であり、家族の待つ家へ帰らなければならない。
彼の胸に額を押し当てながら、ぽつりと呟いた。
「また、会ってくれる……?」
彼は目を開けて、ゆっくりと微笑んだ。
「もちろん。また、すぐにでも」
嘘でもよかった。
その言葉が聞けただけで、私はまた生きていける気がした。
愛じゃなくてもいい。
欲望でも、快楽でも。
私の女としての命を、こんなにも鮮やかに蘇らせてくれるなら。
あの夜から、私は変わった。
女であることを、もう一度、誇りたいと思えたから。



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