
私は大学生の頃、まだ漠然と「普通の恋愛」しか知らないと思っていた。いつかは同世代の彼氏と就職や結婚を考えていくのだろう、そんな何気ない予感のなかで過ごしていたから、まさか既婚者との恋に落ちるなど想像もしなかった。けれど、あのとき出会った年上の男性Bさんは、私のそんな先入観をすべて覆し、大人の甘く危うい世界へと一気に引きずり込んだ。
彼との出会いは大学のサークル関連の交流で、私よりひと回り上の落ち着きを持ち、けれど少年のような茶目っ気もある不思議な雰囲気の人だった。「結婚してるらしいよ」という誰かの言葉が耳に残ったが、そのときは「へえ、そうなんだ」くらいの印象しか持たなかった。初めはただ、話し上手でこちらの意見を肯定してくれる大人の男性という程度の意識だったのに、いつしか私は、彼の何気ない笑顔や仕草を無意識に追ってしまうようになっていた。
当時の私は同年代の彼氏がいて、しかし将来を具体的に見据えている彼を前に、妙な閉塞感を覚えていた。私はまだ就職すら決まらない身で、結婚への現実感なんてなかったから、好きで付き合っているのに「そこまで考えられない」という距離がもどかしかった。一方、Bさんと話すときは、そんな将来のプレッシャーから解放されている自分に気づいた。大人の落ち着きと、ふと見せる無邪気な笑いのギャップが、私の胸を刺激した。無自覚だったはずが、気がつくと「この人ともっと二人きりで話してみたい」なんて考えていたのだ。
ある夜、Bさんから「軽く食事でもどう?」と誘われたとき、私は心のどこかで危なさを感じつつも、嬉しさが勝っていた。友人には「サークルのOBさんがご飯奢ってくれるみたい」と適当な言い訳をして出かけたが、内心は期待で胸が高鳴っていた。相手は既婚者。それなのに二人で会うこと自体、倫理的にどうなのかと考えても、熱を帯びた好奇心を止めることはできなかった。
居酒屋の柔らかい照明の下、グラスを傾けながら他愛ない会話をしていると、彼はときおり視線を私の唇に向けるような仕草をした。そのさりげない動作に、私の心臓はどくどくと脈打ち、酔いが加わって自分でもわかるほど頰が熱くなる。終電が近づくにつれ、私は「どうするんだろう、もう少し一緒にいたい気持ちが抑えられない」と思っていた。するとBさんは「もう少し話したいね」と笑って、まるで当たり前のように自分のマンションに誘った。私はほんの数秒、ためらうそぶりを見せたが、結局は小さく頷いてしまう。後戻りできないと感じながらも、その甘い背徳感に胸をざわつかせていた。
タクシーを降りて、彼の単身赴任先の玄関ドアが閉まった瞬間、部屋に二人だけの空気が満ちる。途端に静寂が訪れ、微かな緊張感が漂うなか、彼は私をソファに誘う。座った私の横に腰かけると、軽く私の肩を抱き寄せ、耳元で「大丈夫? 無理してない?」と囁いた。その声に頷いた途端、彼は私の唇をやさしくふさいだ。最初は軽く触れるだけなのに、すぐに深く甘いキスへと変わっていく。舌が触れあう瞬間に、初めての電流のような感覚が走り、「ああ、本当にこうなってしまうんだ」と恍惚とした現実味が身体を包み込む。
私も、こんなに人の舌を求めるようなキスをした経験はなかった。同年代の彼氏とのキスは、どこかぎこちなさと恥じらいが同居していたけれど、Bさんはリードが巧みで、私のペースを乱しすぎず、それでいて抵抗できないほど巧みに舌先を絡めてくる。気がつけば、私は自分からも積極的に彼の唇を求め、吐息を漏らしながらキスの快感に浸っていた。
「もう少し、ゆっくりする場所に行こうか」
そんな彼の提案に、私は呆然と頷く。今さら逃げ出す気などさらさらなかった。ソファから立ち上がると、彼は私を和室へと導いていった。カーテンの隙間から入る月明かりで、うっすらと彼の顔が浮かび上がる。落ち着いた笑顔が、まるで別人のように艶っぽく見えた。
畳の上に簡素な布団が敷かれていて、私がその上に腰をおろすと、彼はすぐ横に座り込むようにして私を抱き寄せる。私の髪を撫でながら、首筋にそっとキスされると、耳元で「かわいいね」と囁かれ、どうしようもなく恥ずかしいのに、身体が熱く疼く。とっさに顔を隠すように俯いた私の顎を、彼はすくい上げ、再び口づける。さっきよりも貪欲に舌が絡み合い、呼吸が荒くなるのを感じた。
やがて、ブラウスのボタンにそっと手がかかり、一つずつ外されていく感触に胸が高鳴る。布が肌から離れるたび、空気の冷たさと彼の体温の違いが鮮明に伝わる。ブラのホックを外されたとき、私は声にならない声をこぼした。恥ずかしさと期待が混ざり合い、どうしようもなく敏感になっている自分がいる。彼は下着がずれた胸を見つめ、「綺麗だ」と口にし、片方の乳首を口に含んだ。舌先がそこをくるくると刺激するたびに、甘い電流が胸から下腹部へ一気に伝わっていく。
「痛くない?」
そう気遣ってくれる彼の言葉を聞きながら、私はぎこちなく首を振る。痛みなんてまるでなく、むしろもっと触れてほしいとすら思ってしまうほどだった。ブラウスを脱がされ、スカートのファスナーを下げられ、ショーツだけの姿になった私は、初めて誰かに“見られる”ことをこんなにも欲している自分に気がつく。彼は私を押し倒すというより、むしろ“扱うように”布団へゆっくり背中を預けさせ、脚を少し開かせる。
ショーツの上から割れ目をなぞる指に、私は思わず声をあげた。心地よすぎて、逃げ出したいような甘さが全身を走る。彼はショーツをゆっくりと下ろしながら、「すごく濡れてるね」とささやき、そこに軽く唇を押し当てた。恥ずかしくて顔を隠そうとする私の手首をやさしく押さえ、「大丈夫、もっとリラックスして」と唇を重ねる。舌がその敏感な部分をくるりとなぞった瞬間、ビクリと腰が跳ね、声を我慢できずに洩らしてしまう。こんなにも感じるのかと自分でも驚いたが、彼の愛撫が優しい分、逆に官能を煽られた。
そこから先は、私自身が普段の自分では考えられないくらいに貪欲だった。もっと深く触れてほしい、もっと強く求めてほしいという欲望が抑えきれず、無意識のうちに腰を彼の方へ押しつけてしまう。彼もそんな私を拒むどころか、「いいよ、遠慮しなくて」とくつろいだ声で言いながら、さらに下腹部を舐め続ける。指が割れ目をなぞりながら、時にクリトリスを絶妙な力加減で刺激すると、私の中で快感がどんどん膨らんでいく。
「そろそろ、いいかな」
彼は私の耳元で小さく囁き、そのまま身体を起こしてズボンと下着を下ろした。見上げると、体の奥がきゅっと熱くなる。恥ずかしさと好奇心にそわそわしていると、コンドームをつけた彼が私の腰を引き寄せ、脚を大きく開かせる。私は言われるまでもなく、“もっと欲しい”という気持ちが抑えられず、震える指で彼の肩を掴んだ。
「入れるよ」
彼の穏やかな声とともに、先端が私の濡れた部分を押し広げていく。わずかな圧迫感とともにズブズブと奥へ入っていく感覚は、初めてのような衝撃だった。激しい痛みはなかったが、圧倒的な“満たされる”感覚に思わず目を閉じる。何度か腰を合わせるうちに、その埋まる感触が心地よさへと変わり、思わず小さく喘ぎ声をあげてしまう。彼も少し息を荒げながら「すごくいい…」と呟き、私の臀部をつかむようにして奥へ腰を進めてきた。
一度動きが始まると、抑えきれないようにお互いを貪り合う。背徳感があるはずなのに、それをはるかに上回る官能と幸福が私を包む。きっと同年代の彼氏とは味わえない、この深いリードと優しさ、そして欲望むき出しの熱。畳の軋む音すらも官能を引き立てる要素となり、私の声はどんどん大きくなる。彼も何かを堪えきれないように唸る声をもらし、私の髪を撫でながらリズムを刻む。そんな光景が、月明かりの中にぼんやり浮かんでいる。
絶頂が近いと感じた瞬間、私は強く彼の背中にしがみついた。彼も私の名前を小さく呼びながら、さらに奥深く突き上げてくる。耳元でお互いの吐息が絡まり合い、重低音のような快感が脳を揺らす。数秒後、波打つような快感の頂に達し、身体がビクビクと震え、声に出せない叫びが唇からこぼれる。するとほぼ同時に、彼も私の奥で震えながらフィニッシュを迎えたようだった。背徳心と快感が混ざり合う幸福は、これまで知ったことのないほどの衝撃で、意識がしばらく朦朧とするほどだった。
その夜が終わると、私たちの関係は“不倫”という形で続いた。私は大学生の身でありながら、既婚者と恋に落ちた事実を受け止め、そしてそれを“心地よい刺激”として楽しむようになっていたのだ。別の男性と普通の恋愛をする気持ちが徐々に薄れていき、いつの間にか彼との秘密の逢瀬が唯一無二の甘美な時間となっていた。
2年以上そんな生活を続けているうちに、彼との肌の触れ合いはますます馴染んでいき、最初の激情よりも深みを増した快感と絆を感じられるようになった。しかしどこかで「これ以上はまずい」という恐怖もあって、結局、私は勇気を出して別れを切り出した。彼は静かに頷き、「ありがとう、君はとても素敵だったよ」と言い残して私を見送ってくれた。そのとき感じた寂しさと申し訳なさは、一生忘れられないと思う。
あれから月日が経ち、私は別の恋をしたり仕事に打ち込んだりしているが、時折あの夜を思い出す。月明かりの部屋で交わったあの甘い衝撃、大人の優しさと大胆さが混ざり合うセックス、そして自分でも初めて知った熱い欲望の奥行き。禁断の恋ゆえの背徳感と、どんな言葉にも代えがたい官能の深みは、今も私の胸を締めつける。いつかまた、あの瞬間のように純粋に本能をさらけ出す夜が訪れるのだろうか。そう思うと同時に、もう二度と経験したくないような矛盾した気持ちさえ湧き上がる。
あの大学生のころの私は、確かに“普通の恋”を逸脱していた。けれど、だからこそ知った官能と愛おしさ、そして倫理観との狭間で揺れる自分の弱さ。あの不倫は、私の恋愛観を大きく変え、そして“一度きりの秘密”という形で深く刻まれている。どんな恋をしても、あの夜の甘美さと苦さを超えるものはなかなか見当たらないのだと思う。今となっては、胸を締めつける切ない宝物として、あの思い出を抱えながら生きているのかもしれない。



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