第1幕「犬の散歩で視線が濡れはじめた午後」
午後六時、陽はまだ落ちきらず、アスファルトがじんわりと湯気をあげていた。
スミレのリードを左手に、私は近所の坂道をくだっていく。
風がない。空気はぬるく、肌にまとわりつく。
なのに、私はなぜか――その日、ブラジャーをつけなかった。
白のリブタンクトップ一枚。
その上に麻のワンピースを重ねた、家着のような恰好。
ノースリーブから腕が出て、うっすら汗ばんだ胸元は、生地に薄く浮いていた。
「近所だし、誰にも会わないし」
そう思って出たのに、
会ってしまった。
彼に。
「……こんにちは。スミレ、久しぶり」
息子がよく連れてきていた、塾の友達。
あどけなさの残る顔が、すこし輪郭を増して、目つきが大人びていた。
Tシャツの肩が汗に張りつき、喉仏が上下していた。
水のボトルを口にする仕草が、妙に、いやらしく見えたのは――
私の身体が、先に反応していたから。
彼の視線が、胸元のボタンの隙間に吸い寄せられているのがわかった。
下着の輪郭が見えていないことに、私も、そのとき、気づいてしまった。
けれど、私はボタンを閉め直さなかった。
むしろ、笑った。
喉を震わせ、無防備なふりをしたまま、視線に濡れ続けた。
私は47歳。
清楚だと言われてきた。
「綺麗ですね」と取引先の男性から言われることもある。
でもそれは、私という人間の“正面”を見ての言葉ではない。
私はただ、“上手に生きてきた女”でしかない。
けれど彼の視線は違った。
透ける服、肌の温度、沈黙の間にある呼吸のリズム。
それを感じ取って、反応していた。
それが、私の“性感”を再起動させてしまった。
「その服、すごく、涼しそうですね」
彼の声が、まっすぐ私の肌に当たる。
目を合わせると、喉の奥が、ひくり、と震えた。
そこに熱が溜まっていくのが分かった。
「犬、触ってもいいですか?」
「……ええ。優しくしてあげて」
その手が、私の犬に伸びたとき、私の脛の近くをすれた。
ふくらはぎの裏が、微かに彼の指先に触れたかもしれない。
その一瞬が、あまりに熱くて、私の膣がぬるりと反応した。
――私は、何をしているの?
母親として。
部長として。
大人の女として。
わかっている。でも、もう遅い。
その夜、シャワーを浴びたあと、鏡の前でワンピースを脱いだとき、
私の乳首は、誰にも触れられていないのに固く立っていた。
濡れていた。
下着を通り越して、太ももまで熱が垂れていた。
あの子の目線だけが、私を濡らしていた。
翌日も、同じ時間に散歩に出た。
何を着るか、鏡の前でいつもより長く悩んだ。
“どうせ近所だから”という理由はもう使えない。
私はもう、自分が“見られたがっている”ことを、知ってしまったから。
スミレのリードを手に、坂道を下りながら、私は心の中で言い訳を探す。
「偶然会っただけ」
「彼から話しかけてきた」
「私は、ただ犬の散歩に来ただけ」
けれど、濡れているのは事実だった。
身体の奥の、誰にも見せたことのない場所が、脈打っている。
会うたびに、少しずつ、服の選び方が変わった。
胸元のボタン、背中の透け感、脚の露出――
そして、下着の色。
私は、“自分を見せる”ために、服を着るようになっていった。
そして気づいた。
私はもう、“見られることで濡れる身体”になってしまっている。
第2幕「背中から、沈めてください」
私は気づけば、彼と会うために、散歩の時間を“調整”していた。
夕暮れ。湿気を含んだ空気に包まれ、ワンピースの裾が肌に張りつく。
髪をまとめ上げて首筋を出し、足元はヒールではなくフラットなサンダル。
“楽だから”ではなく、“音を立てずに歩けるから”。
彼とすれ違う瞬間に、風が吹いた。
胸元の布がわずかに浮き、私の体温が空気にほどけた。
彼の視線が、そのわずかな“揺れ”に吸い寄せられていた。
「……今日、会えないかと思いました」
「そんなに、会いたかったの?」
「……はい。でも本当は……触れたくてたまらなかった」
その一言で、体の奥が、音を立てずに崩れた。
その夜。
私は彼と二人きりで、家の裏にある古いガレージへと歩いた。
もう使われていない、物置と化した小屋。
夏の夜の匂いがこもっていて、床には新聞紙と段ボール、風はない。
「ここなら、声出しても……誰も来ないですよね?」
彼の声が、背中越しに首筋を撫でた。
私は何も言えずに頷いた。
喉が渇いているのに、唾を飲むことさえ、許されないような緊張。
「……じゃあ、背中から。沈めても、いいですか」
その言葉のあと、ワンピースの背中のファスナーがゆっくりと降りていった。
皮膚に冷たい空気が触れる前に、彼の指先がそこをなぞった。
指ではなく、“目で撫でられている”ような感覚。
そのまま、私は壁に手をついた。
背中を預けることで、彼との距離が、ゼロになる。
舌が、うなじに触れたとき、足の裏から痺れが這い上がる。
ひとつ、吐息が漏れた。
それを合図に、彼の腰が密着してくる。布越しに、彼のかたちがはっきりと押し当てられる。
「こんなに……濡れてるなんて」
そう囁かれたときには、もう自分でもわかっていた。
下着が貼りつき、動くたびに粘度を帯びた音が肌の内側で鳴っていた。
彼の指が、太ももを撫で、内ももを登り、
下着の端をなぞったとき、私は首を垂れて膝を震わせた。
「やだ、そんなとこ……触っちゃ……」
「だって、濡らしてるの、僕じゃないですか」
言葉が甘くて、熱くて、痛いほど優しかった。
彼は私の身体を、静かに、ゆっくりと、“背中から”開いていった。
後ろから。
でも乱暴ではない。
前のめりに貫かれるのではなく、
背中から、じんわりと沈んでいくような律動。
最初の一突きではなく、一呼吸ごとの深さが、私を変えていった。
背中に感じる彼の吐息。
内腿にかかる汗。
沈黙の中でひっそりと擦れる腰の音。
私は、声を出せなかった。
出したら、全部が壊れてしまいそうだった。
けれど、奥の奥が、彼の形を記憶してしまっている。
一度、沈んだら戻れない場所に、私はすでにいた。
最後、彼が私の髪に口づけたとき、
私はようやく、震える声で囁いた。
「……もう、止められないよね」
彼は何も言わず、ただ背中を抱きしめた。
その抱擁の湿度だけで、
私はまた、内側からこぼれていた。
第3幕「満たされて、乾けない身体」
ひとつ終わったはずなのに、身体はまだ終わっていなかった。
彼の指が離れても、脚は閉じられず、
背中から抜けた熱が、太ももに溶け落ちていく。
「……まだ、熱いよ」
私の囁きに、彼は少し驚いた顔で私を見た。
でもすぐに、黙って私の脚の間にひざまずいた。
畳のうえにワンピースを脱ぎ捨て、私は彼の顔をまたぐようにして腰を落とす。
見下ろす視線のなか、彼の舌が、震える私をゆっくりと、なめ上げた。
「……うそ……そんな、舐めないで」
言葉と反比例するように、身体は奥をひらき、
腰が逃げずに、むしろ彼の口に吸い寄せられていった。
喉の奥から、甘くちぎれるような声が漏れる。
彼の舌先が、最奥に触れた瞬間。
私の身体のなかで、何かが「溢れる音」を立てた。
ぬる、と。
静かな部屋に、水音が響いた。
濡れているという事実が、羞恥を超えて、私を悦ばせる。
「こんなに、なってたんだね……」
「……見ないで。お願い、見ないで……」
けれど本当は、見られていることが、いちばん感じる。
彼の目が、私の中に吸い込まれていくようで、
私は腰を揺らしながら、目を閉じた。
「……もう一度、欲しい」
そう言ったのは、私だった。
彼が仰向けになると、私は自分の脚を跨がせ、
ゆっくりと、彼に沈んでいった。
背中をまっすぐにして、腰だけを落とす。
自分から、貫かれていくその感覚。
「……っあ、入って……る……」
彼の形が、さっきよりも深く私の奥に届いていた。
前よりもずっと奥。
身体の内側が彼を“飲み込んで”いくのが分かる。
濡れているのではない。
濡らして、迎え入れて、離したくない。
「もっと……奥、ちょうだい……」
快楽の言葉は、喉が勝手に紡いだ。
恥も理性ももう、そこにはなかった。
何度も、腰が打ちつけられるたびに、
胸が揺れて、髪が頬に貼りつく。
彼の目は、私の動きをすべて記憶するように見つめていた。
「……そんな目で見ないで……壊れちゃう……」
でも、止めないで。
むしろ、もっと、壊して。
脚を絡め、奥へ奥へと締め付けるたび、
身体のなかで熱が泡立ち、音が弾けた。
「……イく……もう、だめ……」
その瞬間、視界が白く反転し、
喉からひとつ、泣くような絶頂の声が漏れた。
私は、彼のなかで、何度も崩れた。
しばらくのあいだ、私は彼の上で動けなかった。
身体が抜けたあとも、奥に残っているような錯覚。
膝が震えて、太ももから汗と粘度がゆっくりと滴る。
部屋は静かで、空気がまだ湿っていた。
「……私、どうしちゃったんだろう」
「僕のせいです」
彼がそう囁いたとき、私は、背中に彼の手を感じた。
優しく、なでるような手。
それが、なぜか――いちばん、深く沁みた。
シャワーも浴びず、私は服を着た。
下着をつけず、ワンピースの下が、まだ熱いままだった。
自転車の鍵を開けて、振り返る。
彼はドアの前で、私を見ていた。
「……また、来てもいい?」
私は答えなかった。
けれど、自転車のサドルに残った温もりが、
自分のものじゃない気がして――
私はもう、乾けない女になっていた。



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