第一章 羽を伸ばしておいで──それが、すべての始まりだった
「たまには羽を伸ばしておいでよ」
夫はそう言って、スーツケースを転がしながら出ていった。
3週間の出張。長い国際案件で、たぶん私のことなど頭の片隅にもない。
玄関に残ったのは、私と、静寂と、少しの背徳感だった。
33歳。結婚7年目。
都内で広告関係の仕事をしていた私は、今は在宅フリー。
子どもはまだいない。セックスの回数も、思い出せないほど遠くなっていた。
ふと、気づけば検索履歴には
「混浴 ひとり旅 関東近郊」「秘湯 露天 女性一人OK」
そんな文字列が並んでいた。
そして今──
私は長野の雪深い温泉地にある、小さな宿の一室にいた。
到着したその日の夕方、浴衣に着替え、髪を結い上げ、
湯けむりに包まれた回廊を裸足で歩く。
古びた木造の音が、艶やかに響いて心地よい。
混浴露天。
女性専用の時間帯ではなかったけれど、誰かと一緒になる可能性もある。
なのに、私は躊躇せず、ただ一枚の浴衣を素肌にまとい、下着さえも付けずに、湯殿へと足を運んだ。
月明かりが雪の積もる岩に反射し、湯面を柔らかく照らしていた。
その風景に溶け込むように、私はゆっくりと浴衣を脱いだ。
白い肌が、冬の夜気に触れてぞくりとする。
だけど、その感覚さえも、心地よく思えた。
「……こんばんは。あれ、女性の方?」
後ろから声がした瞬間、
私は反射的に肩をすくめたけれど、同時に、心臓が跳ね上がるのが分かった。
若い。
振り返ると、20代前半くらいの男の子がふたり、タオルを肩に引っかけて立っていた。
「混浴って聞いてたけど、本当にいるんだなあ……って、すみません」
ふたりとも大学生らしく、まだ少年のような雰囲気を残しているのに、目だけは、私の身体を追っていた。
「どうぞ。せっかく来たのに、遠慮なんてつまらないでしょう?」
私はそう言って、湯に肩まで沈めた。
けれど、湯の中に入りながらも、脚を組み替えると、浴衣の裾が自然と開いていく。
太腿の滑らかな曲線が、水面の下で影を描いた。
視線を感じる。
そう思うと、胸の奥から何かがじわじわと溶けだしていくようだった。
ああ、私はいま、“見られている”。
“人妻”という鎧を脱ぎ捨てて、“女”という生き物として、
湯けむりのなかに浮かび上がっていた。
それは──
背徳ではなく、快感に似た感覚。
私は、夫からの「羽を伸ばしておいで」という言葉を、
まるで、許しの呪文のように繰り返しながら、ふたりの男の視線に身を委ねていった──。
第二章 湯の中で始まる視線と欲望の交錯
湯に浸かると、私はそっと脚を組み替えた。
それは、単なる動作ではなかった。
水面の抵抗を受けた浴衣の裾が、ふわりと浮き、
その下、柔らかな太腿の内側まで湯の光が届いていた。
彼らは、言葉を交わすより先に、目で語り始めた。
ひとりは、少し精悍な顔立ちの男の子──慎也くん。
無口だけれど、目がよく動き、時折私の鎖骨や胸元をチラと見るたび、
喉がごくんと鳴っているのが聞こえそうだった。
もうひとり、どこか穏やかな雰囲気を纏った智哉くんは、
まるで湯の気泡を見るふりをしながら、私の膝から太腿にかけての曲線を目でなぞっていた。
私の中で、知らず知らずに呼吸が浅くなっていく。
浴衣の下は素肌。
濡れた布が張りついて、胸の先端まで、その輪郭が浮き上がっていることに私は気づいていた。
でも、それを直そうとは思わなかった。
むしろ、今夜の月明かりの下で、湯気のなかにその輪郭を描くことが、
“人妻”ではなく、“女”としての私を確かめる儀式のように思えた。
「お姉さんって、芸能人とか言われたりしませんか?」
突然、慎也くんが口を開いた。
不意を突かれて笑いながら首を傾けると、彼は少しだけ顔を赤らめながら言った。
「……吉岡里帆とか、ああいう綺麗な雰囲気」
私は笑った。
そして、湯のなかでゆっくりと髪をかき上げながら、首筋をさらした。
その一連の動作に、ふたりの視線が釘付けになったのを、私は肌で感じていた。
「ありがとう。でもね、こんな私でも、最近は誰にも触れられていないのよ」
そう言ったとき、自分の声がどこか甘く湿っているのに気づいた。
ふたりの喉が同時に動く。
私はそっと湯から肩を出して、胸元を緩めた。
襟がずり落ち、乳房の下の柔らかい膨らみが、雪の光に浮かび上がる。
「……本当に、人妻なんですか?」
智哉くんの声が低くなっていた。
私はうなずきながら、彼の視線に視線を返した。
「そうよ。夫は今、海外にいて──
『羽を伸ばしておいで』って言ってくれたから。
……だから、こうして羽ばたいているの。見てて」
私は浴衣の襟を、指先でそっと外し、肩を滑らせた。
雪が降るなか、湯けむりの中に白い肌がさらされていく。
見られているという事実が、
私の体温を上げていく。
心臓の鼓動が、皮膚の裏で脈打ち、
指の先、脚の奥、胸の先までもが、ふたりの視線でゆっくり熱を持ち始めていた。
「触れたい?」
私がそう言うと、慎也くんは小さく頷き、
手のひらを湯の中で私の太腿へと伸ばしてきた。
湯に溶けていくような感触だった。
でも、その指は確かに、女としての私を探っていた。
私は目を閉じながら、自分の身体がいま、
“他の誰か”のものになろうとしていることを、
そして、それがどれほど快楽に満ちた背徳かを、噛みしめていた。
第三章 女として抱かれる夜と、雪の余韻
部屋に戻ると、ストーブのぬくもりが、雪見の湯で火照った身体をやさしく包んでくれた。
けれど、それだけでは足りなかった。
肌の奥にまだ、ふたりの視線の余熱が残っていた。
浴衣の紐をほどくと、濡れた布が肌に貼りつきながら、静かに床に落ちていった。
裸のまま、私はふたりの前に立った。
見られることの悦びが、羞じらいよりも先に立っていた。
「……ほんとに、綺麗だ」
慎也くんが、呟くように言った。
その瞳の奥に、欲望だけでなく、驚きや畏れのようなものが宿っていたのが、私は嬉しかった。
ベッドに腰を下ろし、私はゆっくりと、ふたりを呼んだ。
彼らは導かれるように、私の身体に手を伸ばした。
唇が胸に触れ、舌が乳房の先をなぞる。
指先が腰に、背に、太腿に這い寄るたび、私は少しずつ、甘い声を漏らしていた。
「ひとりずつなんて、イヤ……ふたりとも、いっぺんに感じたいの」
そう言って、私は慎也くんの上にまたがった。
彼の身体はすでに熱く、硬く、私の奥を待っていた。
濡れた自身を手で導きながら、私はゆっくりと腰を落とした。
「ん……っ」
中へ迎え入れるたび、身体が割れていくような感覚とともに、
女としての“芯”が呼び起こされていく。
腰を揺らすたびに、奥まで届く感触が私を満たし、
慎也くんの呻き声が私の快感を倍増させた。
同時に、私は智哉くんの方を見つめた。
「……こっちも、気持ちよくしてあげる」
彼の前に膝をつき、手で包むと、驚くほど熱が伝わってきた。
そのまま唇を寄せ、先端をそっと口に含む。
熱い鼓動が舌に伝わり、口腔の奥で鼓膜のように跳ねた。
騎乗位のまま慎也くんを受け止めながら、
唇と舌で智哉くんをゆっくりと包み込む──
男と女、それぞれの悦びを、同時に私のなかで抱きしめるような感覚だった。
「……っ、そんな、同時にされたら……」
ふたりの声が交錯し、私はただ夢中で身体を捧げていた。
奥を突かれるたび、乳房が揺れ、唇が震える。
甘く、深く、私という存在そのものが、いま“女”として溶け出していく。
やがて、慎也くんが身体を震わせ、深く達していった瞬間、
私は腰を打ちつけたまま、彼の鼓動とともに、自分の最奥で震えを感じた。
余韻のなか、智哉くんが私の頬を撫で、そっとキスを落とした。
「すごいよ……お姉さん、ほんとうに」
私もまた、濡れた唇で彼の唇に応えた。
ベッドの脇では、風が窓を鳴らしていた。
けれど、私の心はただ静かで、柔らかく、満たされていた。
もう誰の妻でもなく、
“見られたい”“触れられたい”“抱かれたい”という願いを
ただ正直に、生きた夜だった。
そして私は思った。
羽を伸ばすって、こういうことだったのかもしれない──



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