「ねぇ?あなた、本当に童貞なの?」~童貞詐欺にイカされ続けた人妻~ 白木優子
【第1部】閉じた記憶をほどく夜──ふたりきりになった帰り道に潜んでいたもの
その夜、私は自分の身体がどれほど鈍っていたのかを思い知らされることになる。
二十代半ば、東京の外れにある会社で事務の仕事をしている私は、
決められた時間に出勤し、決められたように疲れて帰るだけの日々を送っていた。
高校の同級生・**湊(みなと)**と久しぶりに飲むことになったのは、
偶然のようで、どこかで“予感していたこと”でもあった。
当初は三人で飲む予定が、ひとりが来られなくなり、
結果的に湊とふたりきりになった。
「なんかさ、こうやって目の前で喋ってんの、変な感じだよな」
彼はグラスを指先で弾きながら笑った。
その仕草は昔と変わらないのに、どこか胸の奥をざわつかせた。
大学時代、一度だけ身体を重ねたことがある。
酔っていて、ほとんど覚えていない。
その曖昧さだけが、逆に記憶にこびりついたまま残っていた。
その夜の私は、白いシャツのボタンをひとつ外しすぎていたらしい。
本人はまったく気づいていなかった。
後から思い返すと、湊の視線がときどき胸元に落ちていたような気もする。
「……そんな見てた?」
冗談っぽく言うと、
「いや、見てないよ。見てないけど……気づくよ、普通」
と、なぜか目を逸らした。
胸元にかすかに入り込む夜風が、知らないうちに緩んでいたボタンを揺らす。
そのわずかな隙間の向こうに、
“忘れていた自分の女の部分”がひっそりと息をしている気がして、
なぜか脚が落ち着かなかった。
二時間ほど飲んで店を出たあと、
「もう一軒いくか」
と言われて歩きはじめた途端、
湊に手首をぐいと引かれた。
たったそれだけの動作なのに、
胸の奥では何かがほどける音がした。
抵抗する理由が、どこにも見つからなかった。
彼の指先は温かくて、
その体温が皮膚を通り抜けて、
心臓の奥のほうまで届いた気がした。
気づけば、ホテルの前に立っていた。
【第2部】触れられた場所から火が灯る──息と声と気配だけで崩れていく
扉が閉まった瞬間、
部屋の空気は街の湿度よりも重く、甘い匂いを含んでいた。
湊は言葉を失ったように私の肩を引き寄せ、
鼻先が触れるほどの距離で息を落とした。
「……ずっと、思い出してた」
その声の低さが、足首の裏側まで震えを走らせた。
キスをされたとき、唇の形を確かめるように
ゆっくりと、ためらいもなく押し当ててきた。
深くではなく、浅く舐めるような触れかた。
それだけなのに、胸の奥で熱がゆっくりと膨らんだ。
シャツの布越しに指先がすべり、
胸の前で止まる。
ボタンが一つ、また一つ、外れていく。
皮膚に触れていないのに、
布がずれるたびに、そこに“触れられたような感覚”が生まれる。
「そんな服、着てくるなんて……」
湊が囁く。
その声が、肌の内側へ沈むように染みた。
キャミソール越しでも、風が通れば敏感な部分がわかってしまう。
見られているというだけで、身体がゆっくり濡れていくような錯覚があった。
彼は私の喉のくぼみへ、胸の上へ、
触れるか触れないかの距離で息を落とし続けた。
その微細な距離が、
かえって想像を肥大させ、
触れられる瞬間を待つ身体へと変えてしまう。
「声……我慢してるだろ」
囁きとともに、腰がふっと抜けそうになった。
スカートの裾が少し持ち上がり、
足もとに冷たい空気が入り込んだ。
湊の気配がそこへ沈むように近づく。
顔が見えない暗がりの中で、
どこに触れられているのかすらわからない。
触れていないのに、
触れられているようで。
「……やだ、そんな……見えない……」
震えた声が勝手に口から漏れた。
湊は笑わなかった。
「見えないほうが、感じるだろ」
その言葉が、
身体のどこか深い場所をゆっくり開いていく合図になった。
【第3部】落ちる寸前の呼吸──逆らえない熱に溶けていく夜
ベッドに押し倒されたとき、
重さよりも、影の濃さに胸が締め付けられた。
湊の手が、私の輪郭をなぞるように動く。
触れていないのに、
なぞられる度に熱が浮かび上がる不思議。
喉の奥で息が絡まり、
呼吸が浅く速くなる。
自分の音が恥ずかしいのに、
止められない。
「……そんなに震えてるのに、まだ欲しいんだ?」
その声の低さが、
直接触れられるよりも深く刺さった。
私は返事ができなかった。
ただ、指先がシーツをつかむ。
その動きだけで湊は理解したようだった。
「ほら……素直になれよ」
その囁きの直後、
肩口から腰まで“熱の線”が走った。
触れたのか。
触れていないのか。
わからない。
けれど、身体は確かに反応してしまう。
脚の付け根が疼き、
胸が上下に荒く揺れ、
何度も息を呑む。
「湊……っ、もう……」
途切れた声を聞いた瞬間、
彼は私の髪をそっと持ち上げ、
耳にかすかに触れる距離で囁いた。
「怖いなら、俺に落ちればいい」
その言葉だけで、
視界の端が白く滲んだ。
ふれられたわけでも、
与えられたわけでもない。
ただ“気配”に抱かれたまま、
私は何度も波のように震え、
最後は湊の胸に顔を埋めて、
ゆっくり力が抜けていった。
彼は何も言わず、
ただ私の背中を指の腹で静かに往復していた。
その優しさが、
いちばん残酷だった。
【まとめ】触れられていないのに奪われた夜──私が“戻れなくなった理由”
その夜、私の身体は
“触れられていない部分”から崩れていった。
キスよりも、
指よりも、
熱よりも、
湊の
・視線
・呼吸
・言葉
・気配
が、私の奥の奥に沈んでいった。
直接触れられるよりも、
触れられそうで触れられない——
その“間”に狂わされた。
欲望はいつも、
具体よりも曖昧のほうが深く染み込む。
そして私は今も、
あの夜の“影”の感触を忘れられないままでいる。
湊の手は、
あの部屋で私の身体に触れたのではなく、
私の中の眠っていた何かを撫でてしまったのだ。
戻れなくなるのは、
当然だったのかもしれない。




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