前編:湯けむりの奥、溶ける視線と指先
あの夜の温泉宿は、ただの旅の宿ではなかった。
それは、男としての私を目覚めさせる、決して二度と戻れない夜の入り口だった。
四十年前、青年団の旅行で訪れたのは、山奥にひっそりと佇む木造三階建ての温泉旅館。
時代の匂いを色濃く残した廊下、障子越しに聞こえる渓流の音、そしてなにより「混浴大浴場」の文字が、私たち男たちをざわつかせていた。
旅館には町の婦人会の団体も泊まっているという話を耳にし、宴会後の深夜、四人で期待に胸を膨らませて混浴の湯へ向かった。
時間はもう2時を回っていたはず。
灯りの落ちた廊下を抜け、湯殿ののれんをくぐると、脱衣所に整然と並ぶ四足のスリッパ──。
「まさか……」
胸の高鳴りを抑えきれず、そっと浴室の扉を開けると、もうもうと立ち込める湯けむりの奥から、笑い声と、女性の声が混じった。
「男の子たち、ようこそ」
湯の中に、女たちがいた。
湯に肩まで沈めながら、湯船の縁に徳利と杯を浮かべていたのは、どこか品のある、けれど色気を滲ませた四人の主婦たち。
胸元まで開いた湯浴み着から覗く胸の谷間が、夜の闇の中で艶めいていた。
「裸、見たいんでしょ? ……見せてあげる」
彼女たちは声を潜めることなく、湯の中でゆっくりと姿勢を変えた。
たぷんと波打つ乳房。
揺れる黒々とした陰毛。
湯が白く濁る前、その一瞬だけ、すべてがくっきりと見えてしまった。
私たちはタオルを手で押さえながら湯に入ったが、もう何も隠しきれなかった。
女性たちの視線が私たちの昂ぶりを確かめるように泳ぐ。
「若いって……正直ね」
その声に背を押されるように、私の隣の友人がそっと彼女の脚に手を伸ばした。
細く、なめらかな太ももに触れた瞬間、彼女の唇が笑みのかたちにゆるんだ。
やがて、私の手にも誘うような温もりが絡みつく。
湯の中で彼女の指が、静かに私の中心に触れた。
「……ここ、固くなってるね」
熱い湯に沈められたその指先は、確実に私を責めていた。
くるぶしから膝、そして太腿の奥へ。
もう我慢できず、私は彼女の下腹部へとそっと手を伸ばした。
指が触れたそこは、すでにやわらかく、そしてとても熱かった。
ぬるりと湿った感触に、思わず唇が震える。
「ダメ……でも、もう……止まらないかも」
誰かが湯の中で重なった。
湯けむりの向こうで、彼女の脚が私の腰に絡みつく。
濡れた身体が滑るように沈み、私は彼女の中へと導かれていった。
「……あっ、すご……やっぱ若い……」
白濁した湯がさらにかき混ぜられ、湯音と、抑えきれない喘ぎが重なっていく。
目の前で、別の女が友人の上に跨っていた。
乳房が弾み、快感を刻むように声がこぼれる。
「気持ち……いい……もっと突いて……」
湯船は、欲望の海と化していた。
体温と湯の熱で境界線が曖昧になり、誰の手が誰に触れているのかもわからない。
ただ感じる。濡れている。欲している。
私は何度も果て、彼女もまた、声にならない絶頂に達していた。
後編:女の部屋、開かれた夜
― 肌が語り、舌が記憶する。静かな乱れの、果て ―
「……二次会、来ない?」
混浴の湯から上がると、彼女たちは浴衣の帯を軽く結んだだけの姿で、私たちを誘った。
布越しに浮かぶ、うっすらと濡れた肌の陰影──まるで、夜そのものが欲を纏って立っているようだった。
部屋は、六畳二間続き。
障子を開け放つと、月明かりが畳にやわらかく滲んでいた。
敷かれた布団の数、八。
卓上には徳利と猪口、梅酒の瓶、そして少し汗ばんだグラス。
湯の温もりと酒の余韻が、室内に緩く立ち上っていた。
「今夜だけは、旦那のことは忘れるから」
そう囁いたのは、さきほど湯船の中で私を扱いた女だった。
ふわりと浴衣が開き、乳房がこぼれ出る。
桃色の粒が肌寒い夜気にきゅっと縮こまり、それが妙に愛おしく感じられた。
私はゆっくりと彼女に顔を近づけた。
お互いの唇が触れ合う寸前、彼女が目を閉じて息を吸い込んだ。
その瞬間、もう戻れないと悟った。
唇はやわらかく、けれど芯があった。
舌を絡めるたびに、身体の奥が溶けていくようだった。
そのまま、私は胸へと口づけを落とす。
舌で円を描き、尖った先を唇で挟み、少しだけ吸い上げる。
「……あっ、だめ、感じちゃう……」
彼女の吐息が、耳元で甘く震えた。
やがて、彼女は私の頭を押し下げ、腰をそっと開いた。
私は畳に膝をつき、顔を埋める。
湯上がりの柔らかな匂いと、甘酸っぱい熱が、唇に触れた。
舌を這わせると、すでに濡れていた。
奥へ、浅く、また深く──。
そのたびに彼女の腰が微かに揺れ、声が洩れる。
「舌だけで……そんな……やば……あ、あんっ……」
その声を吸い込むように舐め続けた。
指を添えると、より深く、彼女が応えてくれる。
彼女の脚が私の背に絡みつき、首を引き寄せる。
「もう……我慢できない……入れて……お願い……」
布団に身体を横たえた彼女を、私は上から見下ろした。
月明かりが横顔を照らしていた。
脚を開くと、濡れた柔らかさが私を包み込む。
「……っ、あ……奥……気持ち、いい……」
正常位から、じっくりと沈めていく。
目を合わせたまま、彼女の中の熱を感じながら、深く、深く。
そのとき、隣の布団では、別の女性が友人の上に跨っていた。
騎乗位でリズムを刻みながら、髪を振り乱し、腰をくねらせている。
乳房が揺れ、布団の上に滴が落ちていた。
私の上の彼女は、もう言葉を紡げず、指だけで私の背中を引き寄せてくる。
「もっと……壊して……いい……」
後ろから抱きすくめて挿れた時、彼女の喉が鳴るように揺れた。
背中に爪が走り、体温と汗と吐息が重なり合う。
幾度も体位を変えた。
正面、背後、横たわり、絡まりながら、
身体が語り、舌が愛を刻み、欲が理性を崩していった。
交わるたび、彼女たちはやわらかく、強くなっていった。
はじめは照れていた彼女も、騎乗位では腰を回しながら、私を見下ろしてこう言った。
「……ねぇ、イきそうな顔、見せて。男のそういう顔、好きなの」
私が震えそうになると、彼女の指が唇に触れた。
「いいよ。全部、出して」
そして、私は彼女の奥で、何度も果てた。
彼女もまた、小さく、けれど確かに痙攣しながら声を上げ、快楽の頂点で身を沈めていった。
──部屋の空気がようやく静かになったとき、
酒瓶は空になり、身体は脱力し、ただ月だけがまだ外に残っていた。
彼女が布団の中で背中を向けて言った。
「……こんな夜も、女には必要なの。あなたたち、ちゃんと“男”だったよ」
私はそっと背中に腕をまわし、目を閉じた。
その夜、私は女という生きものの深さに、心ごと飲み込まれていた。
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