【第1幕 濡れた夜、まだ誰のものでもなかった母の横顔】
誘われたとき、どこか夢の中にいるようだった。
「せっかくの夏休みだもの。お父さん、出張だし。
たまにはゆっくり、温泉なんてどうかしら?」
彼女の母は、そう言って微笑んだ。
穏やかで清楚で、誰から見ても“理想の母親”。
だけど僕は、ずっと前から気づいていた。
その笑顔の奥に、ごく淡い色気が宿っていることに。
彼女――つまり僕の恋人――の母であるという線が、
なぜだかその日だけは、曖昧に滲んで見えていた。
宿は、静かな山の湯治場。
苔むした石の階段、木の香りが漂う廊下、
そして部屋には、涼しい風が簾を揺らしていた。
彼女は夕食のあと、あっさりと「眠い」と言って布団に潜り込んだ。
その姿を見届けた母は、少しだけ寂しそうに微笑んだあと、
僕のほうを振り返った。
「混浴、行ってみようか。遅い時間なら、きっと誰もいないわ」
言葉の意味を深く捉える余裕などなく、
僕はただ、喉の奥がカラカラに乾くのを感じながら、頷いた。
木の渡り廊下を、ふたりで歩いた。
虫の声と下駄の音だけが夜に溶ける。
背中で揺れる浴衣の帯、その下にある柔らかな腰の曲線が、
なぜだか目に焼きついて離れない。
湯殿の扉を開けると、
夜気と湯気とが絡みあうように漂っていた。
脱衣所の灯りの下、
彼女の母はふっと笑って、静かに浴衣の帯を解いた。
一瞬で視線を逸らすべきだと分かっていたのに、
どうしても、見てしまった。
月光を反射するような白い肌。
背中から肩甲骨へ、そして滑らかな腰のラインへと続くその輪郭。
決して若くはない。けれど、その肉体には――
若い女にはない、匂いと湿度が宿っていた。
「……行きましょう?」
その声に導かれるように、湯へと足を踏み入れる。
石の湯船の縁に、彼女が腰を下ろす。
僕もその隣へ、少しだけ距離をあけて腰を沈めた。
ただ、それだけなのに、
湯の温度が、心拍よりも高く感じられた。
しばらくふたりで、何も話さなかった。
ただ、遠くで風が笹を揺らす音と、
湯のなかに沈んだ脚が、静かに触れる音だけが響いていた。
そのときだった――
奥の岩陰から、水音が少し乱れた。
目を凝らすと、湯煙の向こうにふたりの人影が見えた。
男が、女の肩に手を回し、
顔を傾けて、深く、濃密なキスをしていた。
女は湯のなかで脚を絡ませ、男の腰にそっと沈んでいく。
小さな声が、かすかに洩れる。
湯が跳ね、舌が絡み、
その音が、この静謐な夜にあまりに生々しかった。
僕は思わず目を逸らしかけた。
けれど、その前に、
彼女の母がふっと目を細めて微笑んだ。
「……若いわね。ああやって、何も考えずに夢中になれるって」
その声はどこか濡れていて、
まるで“羨望”のように聞こえた。
僕の脚の先が、湯の中で彼女の脚に触れる。
離れなければいけない。けれど、
湯気と熱と、それ以上に“空気”が、ふたりをもう包んでしまっていた。
彼女の母は、ほんの少しだけ、身体を寄せた。
「……見ていると、不思議と、こっちまで熱くなるわね」
そう言って、頬にかかった髪を払ったその仕草が、
あまりに美しくて、艶やかで、
僕の中の理性がゆっくりと溶けていくのを、
自分自身がいちばん理解していた。
【第2幕 湯の中で始まる沈黙の愛撫】
水面に、月が揺れていた。
静かに乱れるその光は、奥の若いカップルが刻むリズムだった。
彼女の母は、それを見ながら笑ったあと、ふっと溜息を吐いた。
何かを諦めるように。
何かを、もう止められないと悟ったように。
「……ねえ」
と、彼女が言ったとき。
僕は、声よりも先に指先の動きに気づいた。
湯の中で、そっと僕の手に触れる。
逃げることも、受け入れることも、選ばせてはくれない強さで。
ただ、ゆっくりと、自分の脚の上へと導くように。
「…まだ、触れてないのに。熱いのね」
その囁きは、肌の奥で聞こえた。
耳ではなく、太ももの内側、喉の裏、下腹部。
全身の敏感なところだけに届くような声だった。
彼女の指が、湯の中で僕のものをそっと包んだ。
温泉のぬるりとした感触の中に、異質な体温が混ざる。
それだけで、脳の奥が甘く震えた。
視線を合わせると、彼女はもう目を逸らさなかった。
微笑みさえ浮かべず、ただまっすぐに、
「どうしたいの?」とでも問うような、
女の目だった。
指先が、ゆっくりと動く。
皮膚と皮膚が、熱を奪い合うように密着し、
湯の中で音を立てない愛撫が、じわじわと形を変えていく。
「だめよ、大きく息を吸ったら、音が立っちゃう」
耳元に落ちた声。
唇が近づく。
息がかかるだけで、腰が跳ねた。
その瞬間、彼女の舌が、
僕の首筋をひと舐めした。
熱い。
湯の温度ではない。
粘膜と粘膜が触れたときにだけ生まれる、
濡れた熱だった。
ゆっくりと立ち上がった彼女の身体が、
月の光を浴びて湯気の中に浮かび上がる。
その胸が、腰が、脚が――
一滴ずつ、湯のしずくを落としながら、
僕の目の前に立った。
「こっちに来て」
その声に逆らえる人間は、
おそらくこの世にいない。
僕は立ち上がり、
彼女の背後からそっと抱き締めた。
濡れた背中。
その背骨に沿って舌を這わせると、
彼女はかすかに息を呑んだ。
「お湯の音で、隠れるから……もっと舐めて」
僕の舌が、肩甲骨から首へ、
耳たぶの裏に、そっと吸いつく。
そのたび、彼女の身体がぴくりと揺れ、
湯の中で脚をぎゅっと閉じるのがわかった。
湯けむりの奥、まだ若いふたりは熱を交わしていたが、
その甘い喘ぎさえ、いまは僕たちのBGMだった。
僕は彼女の腰に手をまわし、
湯の中で、彼女の脚の間へ、指を差し込んだ。
「あっ…」
かすかな声。
それはもう、母の声ではなかった。
湯のなかで、ゆっくりと指を沈めていく。
唇が触れ、舌が重なり、
喉の奥でくぐもった吐息が、静かに夜へと溶けていく。
湯けむりは、
ふたりの罪を優しく包み隠すように、
ただもうもうと立ち昇っていた。
【第3幕 寝息のそばで、声を殺して絶頂する夜】
湯から上がったあとの空気は、
肌に触れた瞬間だけひやりとして、
それからすぐ、ふたりの濡れた身体の熱に負けてゆく。
彼女の母は、浴衣を羽織りながら、
なぜか少しだけ震えているように見えた。
それは湯冷めではない。
理性の輪郭がまだ火照った皮膚の中で揺れている、そんな震え。
「…戻りましょう。あの子、起きちゃうと困るから」
静かに告げるその声には、
もう“やめる”という選択肢はなかった。
部屋に戻ると、薄暗がりのなか、
娘――つまり僕の恋人は、まだ静かに寝息を立てていた。
掛け布団のすき間からのぞく肩、
ぴくりと動く指。
まるで、今にも目を開けるのではないかと思うほど、
その眠りは無防備で、危うかった。
「ここで…大丈夫」
そう言ったのは、彼女の母だった。
彼女自身の娘の寝息が聞こえるその隣で――
僕の腰をそっと、布団の影に誘い込む。
僕は息を呑んだ。
けれど抗えなかった。
彼女の母の手が、浴衣の裾をはだけ、
静かに脚をひらく。
月明かりに濡れた太ももがきらめき、
その奥にある熱の在処が、僕だけに晒されていた。
「声…出さないでね」
その一言に、全身の筋肉が粟立った。
そっと、彼女のなかへ入っていく。
一瞬だけ、布団が揺れた。
すぐ横で娘が眠っているその距離で、
僕は彼女の母の奥深くまで、自分を沈めていく。
「……っ、あ……」
小さな、唇だけが動くような喘ぎ。
音にはならない。
けれど、振動は肌を通して伝わってくる。
腰をゆっくりと前後させるたび、
彼女は僕の背中に爪を立て、
娘の名前を口の中で呟きながら、息を殺していた。
「ねえ……見て。あの子、まだ寝てる……」
その言葉に、腰が跳ねた。
背徳が、身体の奥を犯してくる。
そして僕は、彼女のなかで姿勢を変えた。
横向きに寝そべりながら、背後から脚を絡めて挿れ直す。
すぐそこには、娘の寝顔。
その影の中で、母親の吐息が震えている。
「もっと……もっと、奥に来て……」
彼女の声が、耳元に滲むように届く。
唇が首筋に吸い付き、
ふたりの濡れた音が、布団の中で静かに波打つ。
指が、口元に伸びた。
彼女は自分の指を噛んで、声を殺した。
けれど、身体の奥は正直すぎるほど濡れていた。
何度目かの深い動きのあと、
彼女は、小さく震えて僕の腕の中で絶頂を迎えた。
そのとき娘が、わずかに寝返りを打つ。
ふたりの身体が強張る。
けれど、目は覚まさなかった。
彼女は、静かに僕のほうを見て、笑った。
そして囁くように言った。
「ねえ、これで……もう戻れないわよ?」



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