篠原いよ デビュー1周年記念 レズ解禁―。 性欲が尽き果てるまで何度も何度も貪り合う汗だくだくレズビアン
【第1部】捨てられた19歳、べろべろに酔った夜に女の人に腕をつかまれた話
私の名前は、綾香(あやか)。
十九歳のとき、私は人生でいちばんみっともない失恋をした。
彼は二十歳の専門学生で、初めての彼氏で、初めての相手だった。
ある日、携帯を覗き見てしまった私の未熟さと、そこに並んでいた別の女の子とのメッセージ。
問い詰めた夜、彼はちょっと困ったように笑いながら言った。
「ごめん、どっちかなんて選べない」
その瞬間、胸の奥でなにかがべきっと音を立てて折れた。
それでも私は諦められなくて、泣きながら何度も電話をして、長い文章のメールを送りつけて、
必死になればなるほど、彼は遠くに行ってしまった。
最後には、既読すらつかなくなった。
その夜、私は東京の外れの駅前にある小さなバーで、ひとりで安い焼酎を何杯もあおっていた。
グラスの氷がカランと鳴るたびに、「女としての価値」が底についていくような気がした。
「綾香ちゃん、もうやめときなよ」
店員の女の人が苦笑いで止めてくれたのに、私は手を振って、
「大丈夫です」とろれつの回らない声で言った。
全然大丈夫なんかじゃなかったのに。
気づけば、近くのテーブルの若い男のグループのところに、
私はふらふらと吸い寄せられるように近づいていた。
「ねえねえ、飲んでる? ちょっとちょうだい」
自分でも信じられないくらい、甘えた声が出た。
男たちは一瞬目を丸くしてから、すぐに空気を変えた。
「え、いいじゃんいいじゃん」「座りなよ」
誰かが私の腰を支え、誰かがグラスを差し出す。
私は笑った。頬に触れる男の手は、アルコールの熱で心地よくて、
持て囃されるその感じが、捨てられた女のプライドを一時的に包帯で巻いてくれているみたいだった。
――ほら、まだ私だって「女」として見られるんだ。
そんなふうに自分を慰めながら、
私はだらしなく誰かの肩にもたれ、胸元のボタンもいい加減になっていた。
そのとき、ふっと空気の色が変わる。
「つかこの子、やべえな」「マジでいけんじゃね?」
耳の奥で、そんな言葉が水の中みたいにくぐもって聞こえた。
笑い声。ひそひそ声。
誰かの指が、さっきより遠慮なく私の太ももを撫で上げていく。
――なんか、変だ。
頭のどこかが警告を鳴らしているのに、身体は泥のように重くて動かない。
気持ちよさと、違和感と、もうどうでもいいという投げやりさが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
そのときだった。
「――あんた、しっかりしなさいよ!」
いきなり腕をぐっと引き上げられた。
強い力で引き離される。
次の瞬間、頬に火花みたいな衝撃が走った。
ぱん、と乾いた音。
私はよろめいて、ほとんど床に倒れ込んだ。
一瞬で酔いがひくほどの、鋭い痛み。
見上げると、そこにひとりの女の人が仁王立ちしていた。
濃いめのアイラインに、はっきりした目鼻立ち。
肩までの黒髪をラフにまとめて、黒いジャケットを羽織ったその人は、
怒りを隠そうともしない目で男たちを睨みつけていた。
「触ってんじゃないわよ。知らない子なんでしょ? ふざけないで」
男のひとりが口ごもる。
「いや、でも……」「本人が来たんだし……」
その情けない声を聞いたとき、ふと自分の姿に気づいた。
胸元ははだけて、肌が露わになっていた。
巻きスカートは大きく開いて、下着が丸見え。
ずれていた布地から、冷たい空気が生々しく入り込んでくる。
私は、たまらなくみっともなかった。
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい」
床に座り込んだまま、ぼろぼろ泣き出した私の前で、
女の人はふう、とひとつため息をついてから、
そっとしゃがみ込み、はだけた服を丁寧に整えてくれた。
「謝るのはあんたじゃないでしょ」
落ち着いた声でそう言うと、
自分のコートを私の肩にふわりとかけ、片腕を貸して立たせてくれる。
「とりあえず、外、出よ」
冷たい夜風の中へ連れ出されながら、私はただ子どもみたいに泣きじゃくった。
胸の奥でぐちゃぐちゃになっていた感情が、涙と一緒に溢れ出して、止まらなかった。
【第2部】女の家に泊まり込むようになった夜――甘い匂いと、女同士の熱を覗いてしまった私
彼女の名前は、美咲(みさき)さんといった。
あとから聞いた年齢は二十八歳。
一緒にいたもうひとりの女性、柔らかな雰囲気の沙羅(さら)さんが二十七歳だと知ったのは、
あの夜が明けて、コーヒーの湯気の向こう側だった。
「うるさい子いるなーって思ってたらさ、なんか嫌な空気だったから」
美咲さんは、ソファにもたれながらそう言って笑った。
黒目がちの瞳はきつそうでいて、ふとした瞬間に子どもみたいに無邪気になる。
「あんな男たち、相手にしなくていいのに」
「……でも、私、自分から行きました」
マグカップを握りしめながらそう答えると、
沙羅さんがキッチンから振り向いて、ふふっと微笑んだ。
「捨てられたばっかりなんだよね?」
「はい……」
言葉にした途端、喉の奥がつまって、また涙がこぼれそうになった。
昨夜、あのバーからタクシーに乗って、
そのままふたりのマンションに転がり込んだこと。
酔いがさめて、ソファベッドの上で目を覚ましたとき、
ここがどこなのか一瞬わからなくて、心臓が早鐘を打ったこと。
「二股されて捨てられて、自暴自棄になってたってとこまで聞いたよ」
美咲さんは言いながら、私の髪をくしゃっと撫でた。
その手つきは、不思議なほど優しくて、
昨夜の平手打ちと同じ手とは思えなかった。
「でもさ、あんたの身体、ほんとはそんなことのためにあるわけじゃないからね」
そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
「身体」という言葉が、いやらしい意味じゃなくて、
ちゃんとひとりの人間としての輪郭を持ったものとして扱われている感じがした。
それから私たちは、なぜか自然に会うようになった。
最初は「お礼がしたい」と言って、スーパーの袋を下げて遊びに行った。
そのうち一緒にご飯を作るようになり、
終電を逃してそのまま泊まることが増え、
気づけば、週の半分くらいをふたりの部屋で過ごすようになっていた。
そこには、甘いシャンプーの匂いと、
珈琲と柔軟剤の混ざった生活の匂いと、
どこか大人の女の人特有の、落ち着いた香りが漂っていた。
ベッドは一つ。
でも、最初のうち、私はそこには入れてもらえなかった。
「ここは美咲と沙羅の城だから」
冗談めかしてそう言いながら、
美咲さんは私のために、リビングにふかふかの布団を敷いてくれた。
甘やかされているのに、どこか線を引かれている。
そんな距離感が、最初は安心でもあった。
彼女たちが女の人同士で抱き合ってキスをする人たちだと、
わりとすぐに気づいたときも、
「あ、そうなんだ」と軽く受け流せたのは、その線があったからだ。
けれど、その線は、
私の中でだんだんと「疎外感」の輪郭を帯びていく。
たとえば、ソファで映画を観ているとき。
私の隣で自然に指を絡ませ合うふたり。
夜遅く、洗面所の前の廊下で、
背中から抱き寄せるようなスキンシップをする姿を、
偶然見てしまったとき。
「いいな」と思ってしまう自分がいた。
恋愛対象としてなのか、
それとも失ったものを埋めてくれる柔らかいぬくもりとしてなのか、
自分でもよくわからないまま、
私はソファで美咲さんの肩にもたれかかる時間が増えていった。
「綾香、甘えんぼだね」
沙羅さんが笑う。
その声は責めてはいなくて、
どちらかというと、わがままな妹を見守る姉のそれだった。
ある夜、彼女たちの友達も交えて部屋飲みをした。
音楽が小さく流れ、シャンパンの泡が弾ける音と、笑い声が混じり合う。
私は途中で眠くなって、
一番奥の部屋のシングルベッドに倒れ込んだ。
ふかふかの布団に身を沈めながら、
遠くで楽しそうな声が続いているのを聞いていた。
どれくらい眠っていたのか、わからない。
ふと喉が渇いて目を覚ます。
廊下の明かりが細く漏れていて、
私は足音を忍ばせながらリビングを通り過ぎ、
水を飲もうとキッチンへ向かった。
その途中で、奥の部屋のドアの隙間から、
押し殺したような吐息が聞こえてしまった。
あ、してるんだ。
瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
なぜかはわからない。
ただ、その音の温度が、私の知っている男女のそれよりも、
ずっと密度の高いものに感じられた。
――見ちゃいけない。
頭ではわかっているのに、
指先は勝手にドアを押していた。
わずかな隙間。
そこから、ベッドの上の影が見えた。
半分ほど肌をさらした女の背中。
絡み合う腕。
柔らかな髪がシーツにほどけている。
はっきりとした形は見えないのに、
空気の湿り気だけで、なにが行われているのかが理解できてしまう。
「――こーら、なに覗いてんの」
不意に、明るい声が飛んだ。
目が合った。
半裸のまま振り向いた美咲さんの目は、
責めるというより、いたずらを見つけたような笑いを含んでいた。
私は真っ赤になって、
「ご、ごめんなさい!」と叫ぶなり、
逃げるように元いた部屋へ駆け戻った。
布団にもぐりこむ。
胸が苦しい。
さっき見た影が、頭の中で何度も再生される。
――女同士って、こんなふうなんだ。
想像だけで、下腹部の奥がじんわり熱を帯びてくる。
彼と別れてから、ずっと触れていなかった場所が、
急に自分の存在を主張し始める感覚。
「だめだよ」と心の中で言いながら、
私は布団の中で膝を寄せ、
自分の身体が、見たことのない熱に変わっていくのを、
どうすることもできずにいた。
【第3部】「もう我慢しないでいいよ」――女のくちびるに触れた夜と、そのあとで気づいた渇き
布団の中で、息だけが荒くなっていく。
汗ばむ肌にシーツが張り付いて、
どこにも逃げ場がない。
「……綾香?」
不意に、布団がぱさりとめくられた。
一気に冷気が入り込んで、火照った身体が震える。
そこには、美咲さんがいた。
さっきよりも、表情はずっと穏やかで、
ささやくように笑っている。
「なにしてるの?」
見られてしまった。
胸の前でぎゅっと腕を組んで、私は半泣きになった。
さっきまでの自分の姿を想像すると、
羞恥が波のように押し寄せる。
「ごめんなさい……覗いちゃって、ごめんなさい」
そう繰り返す私に、
美咲さんは「怒ってないよ」と首を振った。
「でも、我慢して苦しくなってるのは、ちょっと可哀想かなって」
そう言って、そっとベッドの縁に腰を下ろす。
指先が、私の髪を耳に掛ける。
その動作があまりにも自然で、
心臓がばくんと音を立てたのが、自分でもわかった。
「綾香」
名前を呼ばれた瞬間、
胸の奥のなにかが、するりとほどけた。
「ねえ。いま、さみしい?」
その問いは、あまりにもまっすぐだった。
私は、嘘をつけなくなる。
「……さみしいです」
声が震える。
目の奥が熱くなる。
失恋の痛みも、さっき覗いてしまった映像も、
全部がぐちゃぐちゃになって、込み上げてくる。
「彼に捨てられたから?」
「それもあるけど……」
言葉を選びながら、私はやっとのことで続けた。
「なんか、自分だけ、仲間外れみたいで……。
皆、ちゃんと誰かに抱きしめられてるのに、
私だけ、外側にいるみたいで」
その告白に、美咲さんは少しだけ目を細めた。
それから、意外なほどあっさりとした声で言った。
「じゃあさ――こっちに、おいで」
手招きされる。
私は、吸い寄せられるように体を起こし、
ゆっくりとその胸元に身を寄せた。
抱き寄せられた瞬間、
柔らかい香りが鼻腔をふわりと満たす。
シャンプーと、香水と、体温の混ざった匂い。
心臓の鼓動が、耳のすぐそばで聞こえた。
大きくて、安定していて、私の乱れたリズムを包み込むようだった。
「怖くなったら、すぐ言ってね」
耳元で囁かれる。
その一言が、身体のこわばりをほどいていく。
唇が触れ合ったのは、
それからほんの数秒後だった。
男の人とするキスとは、まったく違う。
力で押し込まれるのではなく、
探り合うような、問いかけるような、
確かめるようなキス。
どちらからとはなく、
呼吸が混ざる。
唇のかすかな震えが、
そのまま胸の震えと繋がっていく。
「……ん」
自分でも知らない声が漏れた。
それは、はっきりとした言葉ではなくて、
でも確かに「もっと」と言っているような音だった。
その夜、なにがどこまであったのか、
私は細部まで覚えているわけではない。
ただ、
誰かに乱暴に奪われるのではなく、
一つひとつ「大丈夫?」と確かめながら、
境界線のぎりぎりのところまで触れてくれたこと。
さみしさの穴を、
ただ性の快楽で埋めようとするのではなく、
「ここにいていいよ」と肯定されながら抱きしめられていたこと。
それだけは、はっきり覚えている。
あの夜を境に、
私は彼女たちと、もっと深い関係になっていった。
週に一度だった訪問は、二度になり、三度になり、
気づけば、ほとんど「半同棲」のような形になっていた。
彼女たちは、私をたっぷり甘やかしながらも、
決して所有物のようには扱わなかった。
「なにか嫌だったら、ちゃんと言いなね」
いつもそう繰り返す。
その言葉は、
かつての彼には一度も言われなかったものだった。
……なのに、だ。
ある時期から、
胸の奥の別の場所が、じわじわと疼き始める。
どれだけ抱きしめられても、
どれだけ深くひとつの布団の中で絡まり合っても、
どうしようもなく満たされない何か。
それは、あの夜のバーで、酔いにまかせて男たちに囲まれていたときに覚えた、
安っぽい「女としての価値」を確認したい衝動に、
どこか似ていたかもしれない。
――私の欲しいものって、いったいなんなんだろう。
美咲さんの胸に顔を埋めながら、
私はこっそりと目を閉じ、
自分でも言葉にできない渇きの正体に耳を澄ませ始めた。
それは「精液」に飢えているという、
わかりやすい単語だけではなかった。
誰かの身体を通してでしか確かめられないと思っていた「自分の価値」と、
誰かに触れられなくても、
「ここにいていい」と言える自分になりたいという願い。
そのふたつの間で、
私は揺れ続けている。
まとめ:女に救われ、女に抱かれ、それでも満たされない渇きの正体
あの夜、私はたぶん、
男たちのテーブルで「回される」寸前だったのかもしれない。
ぐちゃぐちゃに壊れてもいいと思っていた。
壊れてしまえば、
「捨てられた」という痛みを感じなくて済むと思っていたのかもしれない。
けれど、そこで私の腕を掴んで引き上げたのは、
男ではなく、女の人だった。
平手打ちひとつで酔いを覚まし、
はだけた服を丁寧に整え、
コートをかけて外へ連れ出してくれた女の人。
彼女たちと過ごした日々は、
「性」と「愛」と「安全」の境界線を、
私にもう一度教え直してくれた。
・酔った勢いにまかせて奪われることと、
・ちゃんと意識のある状態で「触れてほしい」と差し出すこと。
・誰かに抱きしめられることでしか
自分の価値を感じられない夜と、
・ひとりでいても、自分を嫌いにならない朝。
その境目の上で、
私は何度も揺れた。
女同士のなまめかしい熱に、
何度も溺れかけた。
それでも、最後に残った渇きは、
たぶん「誰かの身体」そのものではない。
私はきっと、
誰かの視線や、快楽や、濡れたシーツの温度の奥にある、
「それでも、あなたはあなたでいいよ」という言葉を
ずっと探し続けている。
元カレのベッドの上でも、
バーの男たちの笑い声の中でも、
美咲さんたちの柔らかな腕の中でも、
完全には見つからなかったもの。
それをようやく、自分の内側に探しに行こうとしている――
そんな途中の物語が、いまの私なのかもしれない。
女に救われ、女に抱かれ、
それでも満たされない渇きの正体は、
きっと「誰か」ではなく「自分」に向けられた愛情のかたち。
あの夜、腕を掴まれて引き上げられた瞬間から、
私の本当の「エッチな体験談」は、
ただの官能を超えて、
ゆっくりと、自分を取り戻す物語に書き換わり始めていたのだと思う。




コメント