美人でセレブでとってもH 五十路の奥様がAVデビュー 藍川京子
今回デビューの美人セレブは藍川京子さん55歳。結婚30年目で10歳年上のご主人と2人暮らし。ご主人と夜の関係は今もあるそうですが、更なる刺激を求めてAVへの応募を決意したそうです。
【第1部】五十代のおばさんが年下上司に恋をする瞬間──スーパーのバックヤードで目覚めた“女の鼓動”
私の名前は春香(はるか)。
関東ではなく、中部地方の郊外にあるショッピングモール内のスーパーで、レジを打つ五十代半ばの主婦です。
朝は夫と自分の分の味噌汁を温め、前夜のおかずを弁当箱に詰める。
洗濯機を回しながら、ゴミをまとめ、玄関先の植木に水をやる。
そんな、どこにでもある風景をこなしてから制服に袖を通し、
「母さん、行ってくるね」という夫の声を背に、今度は私が家を出ます。
レジ前に立ってしまえば、私は「春香さん」と呼ばれる“安心できるおばさん店員”です。
お釣りを渡す手つきも、小銭の音も、いつも通り。
感情を波立たせる要素なんて、この売り場には一つもない──はずでした。
彼に出会うまでは。
一年半ほど前、新しく赴任してきたフロアマネージャー。
亮(りょう)は、まだ三十手前の“男の子”と呼んでもいい年齢でした。
「今日もレジ、助かりました。春香さん、本当に仕事早いですね」
初めてきちんと会話を交わした日のことを、今でもはっきり覚えています。
夜のバックヤード。
蛍光灯の白い光の下で、亮が缶コーヒーを片手にそう笑ったとき、
胸の奥で、長いあいだ眠っていた何かが、かすかに身じろぎしました。
その「何か」を、私は必死に別の名前で塗り替えようとします。
──尊敬。
──年下上司への親しみ。
──もしかしたら、息子のように感じているだけ。
そう自分に言い聞かせながらも、
閉店間際の静かな売り場でふと視線がぶつかったとき、
亮が向けてくる、ほんの少し甘えたような目つきに出会うたび、
その言い訳は、すぐに形をなくしていきました。
「春香さん、無理しないでくださいね。俺、けっこう頼ってますから」
レジ締めを手伝ってくれた帰り際。
何気ないそのひと言が、妙に低くて、耳の奥に残ります。
家に帰り、風呂場でその声を思い出すと、
真新しいボディソープの香りが、なぜかいつもより濃く立ちのぼりました。
「……おばさんが、何を考えているの」
湯上がりの鏡の前でタオルを巻き、頬を赤く染めた自分にそう呟く。
叱るように、責めるように。
それでも、頬にのぼった熱は、すぐには引いてくれません。
レジに立てば「春香さん」。
家に帰れば、夫からは「母さん」と呼ばれる大人しい妻。
だけど、心のどこかで、別の声が小さく囁き続けていました。
──私は、本当に、もう“女”じゃないの?
その問いへの答えを、最初に示してくれたのが、他でもない亮でした。
【第2部】週2回の不倫ホテルで溢れ出す欲求──「足りない」と自分の口で言ってしまった夜
ある雨の日。
シフト終わりにタイムカードを押し、店の裏口から外に出ると、
駐車場の街灯の下で、亮がコンビニのビニール傘を二本持って立っていました。
「車、今日ないって言ってましたよね。駅まで、一緒に行きません?」
肩先までしぶきを連れてくる細かな雨。
ビニール越しに見上げる空は、どこまでも低く、
その下で並んで歩く私たちの距離だけが、不自然なほど近く感じます。
駅前のバスロータリーを過ぎ、
いつもなら「お疲れさまでした」と別れるはずの角を曲がったとき、
亮がふいに足を止めました。
「……春香さん」
名前を呼ばれただけで、心臓が雨粒のリズムに合わせて早鐘を打ち始めるのがわかります。
「俺、ずっと我慢してたんですけど……こうやって二人きりで歩くと、ちょっと無理かもしれない」
冗談めかしているようで、
その奥に、売り場では見せない熱と迷いが混じっているのが感じ取れました。
「……何を、我慢してたの?」
息が喉のところで引っかかる。
それでも、かろうじて出た自分の声は、かすれて震えていて、
その震えそのものが、すでに答えになっていたのだと思います。
その夜。
駅前の小さなビジネスホテルの部屋で、
私は何年ぶりかに、「女として見られている」という感覚に全身を包まれました。
薄いカーテン越しににじむ街の灯り。
脱ぎ捨てたコートの上を滑るように落ちたパート用の名札。
それをそっと拾い上げてテーブルに置く亮の指先。
「いつもより……綺麗です」
低く落とされたその声に、
胸の奥で長く凍っていた何かが、ぱきん、と音を立てて砕けるのを感じました。
触れられた場所から、じわりと熱が広がっていきます。
肩、腕、指先、喉もと──
自分でも驚くほどの速さで呼吸が乱れ、
押し殺してきた感覚が、堰を切ったようにあふれ出しました。
「……こんなふうになるなんて、思わなかった」
思わず零れた言葉に、
亮が、息を少し荒げたまま笑います。
「俺だってです。春香さん、可愛すぎて」
「可愛いなんて、年じゃないでしょう」
否定するように口では返しながら、
その言葉を喉の奥で何度も転がして味わっている自分がいました。
甘くて、危険で、ずっと欲しかったけれど、
自分には与えられないと思っていた種類の言葉。
その夜を境に、
私たちは週に二回、シフトを合わせては仕事帰りにホテルで会うようになりました。
「今日、会える?」
休憩室の隅で、他の誰にも見られない角度で交わされる短いメッセージ。
レジ台の引き出しを閉める指先に、自然と力がこもります。
会えば会うほど、
身体は、そして心は、彼を求めてしまうようになりました。
ある日のホテルのベッドの上。
私は自分の口から出た言葉に、誰よりも自分が驚きました。
「……足りないの。しても、しても、足りなくなる」
それは、
長い結婚生活の中で一度も発したことのない、
むしろ若い頃の自分なら軽蔑したであろう種類の「女の台詞」でした。
けれど、その瞬間の私は、
恥ずかしさよりも、やっと本音を言えた安堵の方が大きかったのです。
亮は、汗に濡れた私の前髪を指で払いつつ、
耳元で息を絡ませながら囁きました。
「もっと、欲しがっていいですよ」
その言葉は、
身体に触れられるより深いところに届き、
「欲しい」と言うことを自分に許す鍵になりました。
週2の逢瀬は、
単なる不倫のスリルでも、空虚な慰め合いでもありません。
あの小さなホテルの一室でだけ、
私は「妻」でも「母」でもなく、
ただ、どうしようもなく「女」でいられたのです。
【第3部】正月に会えない一週間の禁断症状──家族団欒の裏側で、年下の彼を求め続ける身体
時は流れ、年末が近づいてきました。
シフト表にびっしりと書き込まれた「繁忙期」の印。
「年末年始は実家に帰るんです」と、
笑いながら話す亮の横顔を見ていると、
カレンダーの数字が、急に冷たく無慈悲なものに見えます。
「一週間くらい、あっという間ですよ」
亮がそう笑ったとき、
私は同じように笑い返しながら、
膝の上で組んだ指先だけをこっそり震わせていました。
大晦日の夜。
夫と二人、紅白歌合戦をなんとなく眺めながら、
私は膝の上に伏せるようにスマホを置いていました。
画面には、亮からのメッセージ。
「今年も一年ありがとうございました。春香さんに支えてもらえて、本当に助かりました。
良いお年を。また来年も、よろしくお願いします」
その文面を何度も読み返しながら、
送信画面には「こちらこそ」とだけ打ち込む。
けれど本当は、別の言葉を打ちたがる自分がいました。
──会いたい。
──触れてほしい。
──あの部屋で、また“女”に戻りたい。
けれど、そのどれもを、
夫が隣にいるこのリビングで送信する勇気はありません。
元日には、長女夫婦が、生まれたばかりの孫を連れて帰ってきました。
「お母さん、はい」
差し出された小さな身体を両腕で抱き上げると、
その軽さと温もりに、胸がじんと熱くなります。
柔らかな頬。
ミルクの匂い。
頼りない指が、私の手の甲をきゅっと掴んだ瞬間、
涙腺がふいに緩みました。
「おばあちゃん、泣いてる?」
「ううん、嬉しいだけ」
笑ってごまかしながら、
心の別の場所で、冷静な自分が囁きます。
──この腕は、つい最近まで、違う熱に震えていたのに。
リビングでは、お笑い番組の笑い声が流れ、
台所では、お雑煮の鍋が静かに湯気を立てています。
「母さん、ちょっと横になったら?」
夫は、心配そうにこちらをちらりと見て、テレビに視線を戻しました。
私は「平気よ」と笑いながら、ソファの端に腰を下ろします。
目を閉じると、
家族の笑い声の奥で、別の光景がくっきりと立ち上がってきました。
仕事帰りの夜道。
雨上がりのアスファルトに映る、ふたり分の影。
ホテルのエレベーター。
上昇していく数字を見つめながら、
胸の鼓動だけが、フロア数よりも早く駆け上がっていく感覚。
「春香さん、次いつ会えますか」
カレンダーをにらみつけるようにして、
お互いの予定のすき間を探していた自分。
「家族」に完全になじんでいけばいくほど、
「女としての私」が薄れていく気がして、
胸の奥に、誰にも見せられない渇きがじわりと広がっていきます。
「お母さん、今年のおせち、味しみてて美味しいよ」
長女の何気ないひと言に、
「よかった」と笑い返しながら、
私は心の中で別の言葉を飲み込みました。
──こんな私のことを、あなたたちが知ったら、どう思うんだろう。
孫をあやす手と、
年下の恋人を求める手が、
同じ一本の腕に繋がっているという事実。
その矛盾を抱えたまま、
私は正月休みが終わる日を指折り数えました。
カレンダーの「5」の数字に、何気ないふりをして小さな丸印をつけたとき、
それが「仕事始め」であると同時に、
私にとっての「再び女に戻る日」の印にもなっていることを、
この家の誰ひとりとして知りません。
まとめ:五十代の“性欲”を恥じない時代へ──「妻でも母でもない私」を静かに肯定する
こうして一つの物語として書き起こしてみると、
私はこの一年半で、まるで別人になってしまったように見えるかもしれません。
昔の私は、性的な話題を口にすることすら嫌でした。
「そんなことを考えるのは若い子の役目」
「妻になり、母になった自分にはもう関係ない」
そう信じ込むことで、
自分の中にある欲望に、蓋をして生きてきました。
けれど亮と出会い、
週に二度、ホテルの一室で「女」に戻る時間を持つようになってから、
私は初めて知りました。
──蓋をしていたから見えなくなっていただけで、
本当は、ずっとそこにあったのだ、と。
してもしても足りないほど、
誰かを求めてしまう身体。
その身体を恥じるどころか、
「まだ生きている証」として抱きしめたくなる心。
家族の前では、私は「妻」であり「母」であり「祖母」です。
でも、仕事帰りの小さなホテルの一室では、
年下の彼の前に震えながら立つ、「女」そのものです。
どちらかが本物で、どちらかが偽物なのではありません。
矛盾した二つの顔を同時に抱えたまま、それでも毎日をやりくりしているのが、
今の私という人間の、いちばんリアルな姿なのだと思います。
「五十代のおばさんが、性欲なんて口にするべきじゃない」
そんな声が、世間のどこかから聞こえてくる気もします。
それでも私は、心の底からこう願っています。
──若い人だけでなく、
私のような年齢の女も、
堂々と、自分の性の欲求を語れる時代が来てほしい。
家族の前では「いい妻」「いい母」を演じながら、
夜になるとひとり、誰にも見せられない渇きに震えている女性がもしどこかにいるなら──
どうか、自分を責めすぎないでほしい。
欲望を持つことと、人として間違っていることは、決して同じではないからです。
この体験談は、不倫を正当化したいわけでも、
同じ道を勧めたいわけでもありません。
ただ一人の、
五十代半ばの「地味で大人しいおばさん」が、
年下の彼と出会い、恋と性欲と、自分の「女」としての顔を取り戻してしまったという、
どうしようもなく正直な告白です。
明日も私は、家事をし、パートに行き、レジを打ちます。
そのどこかで、
仕事帰りにホテルへ向かうエレベーターの階数表示を、
高鳴る胸で見上げる自分の姿を、
ひっそりと重ね合わせながら。
その矛盾と共に生きていることこそが、
今の私にとっての、いちばん確かな「生の感触」なのだと、
静かに受け入れられるようになってきたのです。




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