【第一幕】湯気の向こうに、決して触れてはいけない熱があった
大学の裏手にある、古びた定食屋。
暖簾をくぐると、味噌と醤油とわずかな甘い油の匂いが鼻を撫でた。
その匂いは、まるで母のようでありながら、女そのものの記憶にも直結していた。
厨房から威勢よく飛んでくる声。
「いつものね!」
若いのに年季の入った口調で、私はいつも“女将さん”と呼んでいた。
黒髪を無造作にひとつに結び、割烹着の奥にふっと透ける白いブラウスの輪郭。
その胸元が、湯気に濡れていた。
毎日、決して触れてはいけない場所に通っていたのだと、今では思う。
閉店間際、私ひとりになった店内で、何度か誘われた。
「たまにはさ、誰かと飲みたいの。行こうよ」
その夜は、不思議と断る理由が見つからなかった。
【第二幕】この味を、舌でなぞるのは誰のため?
居酒屋を2軒、スナックを1軒。
女将さんはどこに行っても人気者だった。
でも、ふと気づくと、彼女の視線は私にだけ絡みついている。
「ねぇ、手、貸して」
足元がふらついたふりをして、腕に身体を預けてくる。
そのとき胸が触れたのは、偶然か演出か。
でも、あまりに柔らかく、あまりに熱くて、私の身体は反応してしまっていた。
「あなたの部屋、近いんでしょ?」
気づけば部屋の鍵を開けていた。
ワンルームの小さな部屋にふたり。
冷蔵庫に残っていた缶チューハイで、仕切り直しの乾杯。
「彼女、いないんだって?」
「…3年くらい」
「じゃあ…溜まってるわけだ」
「いや、まぁ、そりゃ…」
女将さんの指が、私の太ももをすっと撫でた。
その温度に、喉が鳴った。
「ぬいであげよっか」
割烹着の下の手が、私のベルトにかかった。
キスは甘くなかった。
塩と酒と、わずかな味噌の匂いが混ざる舌が、私の唇を割って侵入してくる。
彼女の指が、私のシャツを脱がせ、胸に手のひらを滑らせる。
そのままゆっくりと腰を下ろし、ズボンを引き下げながら、濡れた唇が先端をくわえ込んだ。
「あんたの味…意外と好きかも」
その言葉に、背筋が震えた。
彼女が跨がるとき、下着はすでに濡れていた。
布越しに感じる湿り気が、私を濃密に煽ってくる。
ショーツをずらしたその奥は、すでにトロリと溶けていた。
「挿れて。……もっと、奥まで」
最初はゆっくり。
次第に、腰を押しつけ、奥を突くたびに、彼女の喘ぎが変わっていく。
「そこ……もっと……あっ……んっ、だめ、それ……っ!」
正常位から、ソファに移動して対面座位。
膝の上で、彼女が私の髪を掴んで、汗の混じる首筋に舌を這わせてきた。
唇が重なり、浅く息がもれ、濡れた音が部屋を満たす。
【第三幕】最後の味は、忘れられない苦みと甘さ
何度か彼女は小さく震えた。
そして最後、覆いかぶさるように背中を引き寄せ、膣奥まで吸い込んでくる。
「出して……中に……私の中に、刻みつけて」
名前を呼びながら果てた。
耳元に吐きかけるように重なったその声が、忘れられない。
その夜から、私たちは名前を呼び合わなかった。
毎週、定食屋の裏手で待ち合わせては、ふたりきりの食事と、肌の記憶を交換した。
声をあげるたびに、湯気の匂いがよみがえる。
――春になり、私は引っ越した。
最後の夜、彼女は私の部屋で味噌汁を作った。
何も言わず、何も問わず。
ただ、肌と肌で別れを告げた。
あの夜の匂いと、最後に飲んだ味噌汁の味だけが、今も身体の奥で疼いている。



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