上海駐在の出張前、上司の靴で知った妻の裏切り|寝取られ告白

職権乱用 ゲスな上司に妻が寝取られた

なんとしてでも夫を助けたいという気持ちが、自ら上司へ肉体を捧げてしまう…。



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大樹(39歳・東京都)

【第1部】上海二年目、言葉の壁より薄いもの──「推薦」の恩が首に回るまで

上海に来て二年目。会社は「家族も呼んでいい」と言った。妻と、七歳の娘、三歳の息子。引っ越しの段ボールが消える前に生活が始まり、会話は通じず、勝手が分からず、毎日が「まちがい探し」みたいだった。

頼れたのは、上司だった総経理――関西時代の上司で、今回の異動も彼の推薦だと聞いている。中国語も話せて、現地での段取りも知っている。何より厄介だったのは、彼が「妻の元直属の上司」でもあったことだ。社内結婚の過去は、こちらに来ると“縁”ではなく“鎖”に変わる。

最初は確かに助けられた。役所の手続き、住まいの交渉、トラブルの火消し。
「困ったら言えよ」
その言葉に、私は何度うなずいたか分からない。異国での暮らしは、恩に弱くなる。弱くなると、断れなくなる。

妻も同じだった。慣れない土地で、幼稚園の母親たちと少しずつ距離を縮め、家族の形を保とうとしていた。私は仕事に追われ、夫婦の会話は「必要な連絡」へ痩せていった。夜は疲れの言い訳が増え、互いの触れ方を忘れていく。
それでも、私はどこかで思っていた。
――家庭は、まだ崩れていない、と。

その日の出張は広州。三泊四日。初めて一人での出張で、私は緊張しすぎていたのだろう。フライト二時間前、パスポートを家に忘れたことに気づいた。中国では国内線でも必要だ。ホテルにも泊まれない。汗が背中を走り、私はタクシーを飛ばして帰宅した。

玄関前に、男物の靴が一足。
磨かれた、ブランドの革靴。
修理の作業員のそれじゃない。
胸が嫌な形で沈んだ。けれど私は、妻が朝こぼした「水の流れが悪い」という言葉を思い出し、自分を納得させた。――管理会社の人だ、と。

鍵は開いていた。
家に入ると、声がした。
耳を澄ます必要もないほど、近い。
そして、聞き慣れた声だった。

【第2部】玄関から数歩の地獄──“聞き慣れた声”が別の意味を持つ瞬間

「どう? いいでしょ。私も、気持ちいいよ」

その言葉が、刃物みたいに脳に刺さる。
返事は、途切れ途切れで、息に混じっている。
総経理と、妻の声だと分かった瞬間、私の身体は熱くなった。血が沸騰するという表現が、生まれて初めて現実になる。

踏み込むべきか。怒鳴るべきか。
私は、できなかった。
代わりに、最悪の選択をした。
――覗いたのだ。

キッチンの近さが恨めしい。たった二、三歩で、見えてしまう。
そこで私の目に入ったのは、「修理」ではなかった。
夫のいない家の中で、私の妻が、私の知らない顔で崩れている。
総経理の背中が、そのすべてを隠すのではなく、むしろ“動き”として私に突きつけた。

私は逃げた。
怒りより先に、身体が拒否した。
階段の踊り場に座り込み、「落ち着け」と繰り返した。十数分が、永遠に伸びた。

出張はどうする。妻を責めるか。総経理を殴るか。
頭の中で選択肢が回転するのに、答えが落ちてこない。
ただ一つ、現実的な事実だけが私を引っ張った。
――パスポートはリビング、テレビの下。

もう一度、家に入った。
今度はキッチンが静かで、代わりに寝室の方から、こもった気配がした。
音というより、空気が重い。
私は靴も脱がずにリビングへ向かい、パスポートを掴んだ。手が震えて、紙の角が痛い。

それでも私は、寝室の扉の隙間に吸い寄せられてしまった。
半分以上閉まったドア、その隙間から――
妻はもう“いつもの妻”ではなかった。総経理の上で揺れ、胸の形さえ別の意味を持って見えた。総経理は目を閉じ、彼女を確かめるように触れていた。

私は、見てはいけないものを見た。
そしてその瞬間から、私の中の時間が壊れた。
「出張に行く夫」と「家で起きている現実」が、同時に存在してしまう。矛盾が、胃の奥を焼く。

私は家を出て、空港に向かった。
タクシーの窓の外は上海の昼で、何事もないように人が歩いていた。
私だけが、取り残されていた。

出張中、仕事は手につかなかった。会議の言葉が耳をすり抜ける。夜、ホテルのベッドに沈むたび、あの靴と、あの声と、あの背中が、同じ角度で蘇る。
子どもが学校や幼稚園に行っている間、彼はまた来るのか。
私のいない家で、妻は――。
考えれば考えるほど、頭の中で音が鳴った。

【第3部】「なんで止めてくれなかったの?」──涙が私を責めた夜、私が選んだ屈辱

出張最終日、私は決めた。確かめなければ終わらない。
本来は会社に出社すべきところを、私は家に直行した。

妻はテレビを見ていた。
日常の姿。湯気も、革靴も、なにもない。
その“普通さ”が、私を一番苦しめた。

私は言った。四日前に見たことを。
すると妻は号泣した。
泣いて、泣いて、次の言葉で私を殴った。

「……なんで止めてくれなかったの!?」

責められる理由が、分からないのに、分かってしまうのが怖かった。
彼女はあの瞬間、“誰かに止めてほしかった”のかもしれない。
でも私は止められなかった。
私はただ見て、逃げた。

そこからの三日間、私は妻の話を少しずつ聞き出した。
不動産会社に連絡がつかず、困って会社に電話したこと。
総経理が「昼過ぎに寄る」と言ったこと。
台所でしゃがんだ瞬間、後ろから抱きつかれたこと。
関西時代から好きだった、ずっと抱きしめたかった、と告白されたこと。
抵抗したのに「推薦したのは俺だ」「世話もした」と恩を盾に迫られたこと。
「触るだけ」と言いながら、境界が破られていったこと。

妻は言った。
“嫌だったのに、身体が追いついてしまった瞬間があった”と。
それが一番つらい、と。
自分の反応が、自分の味方をしなかった、と。

私は黙って聞いた。
怒りは当然あった。けれど同時に、異国で言葉もなく、子どもを抱え、頼れる相手が限られた中で、総経理の圧を真正面から拒むことがどれほど難しかったか――私は想像できてしまった。

そして、情けない告白をする。
私はその話を聞きながら、自分の身体まで現実に引きずられていくのを止められなかった。
“裏切り”を憎みながら、“場面”を脳が反芻してしまう。
妻の目が潤むたび、私の中の何かが歪んで熱を持つ。
夫としての怒りと、男としての屈辱が、同じ場所で絡まって、ほどけない。

結局、私は総経理と話をした。
他言しないことを条件に、彼を日本へ戻し、顧問という形で表舞台から降ろした。
私が次の総経理になった。
会社の“正しさ”ではなく、私の“保身”のための決着だったのかもしれない。

妻は、半分だけ戻ってきた。
いや、戻ってきたのは姿だけで、心の奥にはまだ“あの人の影”が残っているように見えた。
それでも私は、失いたくなかった。
失う勇気もなかった。

そして私は気づいた。
職権乱用で奪われたのは、妻だけじゃない。
私の中の「自分は家庭を守れている」という感覚そのものが、静かに壊れていた。

まとめ:上海の夜に残ったのは、憎しみじゃなく“選べなかった自分”だった

私はいまでも、総経理を許していない。
でも一番許せないのは、四日前の自分だ。

玄関の靴を見た時点で、私は何かに気づいていた。
声を聞いた瞬間、私は止める権利を持っていた。
けれど私は踏み込めなかった。逃げた。見てしまった。
その弱さが、いまも胸の奥で鈍く疼く。

妻の涙は、私を責めた。
「なんで止めてくれなかったの?」
その言葉は、妻の罪悪感の裏返しでもあり、私の無力さへの判決でもあった。

上海は相変わらず眩しく、街は速く、誰も私たちの事情なんて知らない。
私は総経理になり、部下も増え、家庭も“続いている”。
けれど、ある匂い――磨かれた革の匂い、キッチンの水音、昼間の静けさ――それらが重なると、私は一瞬であの日に戻る。

奪われたのは妻ではなく、私の選択肢だったのかもしれない。
そして私は、奪われた選択肢を取り戻す代わりに、“見ないふり”を仕事の成果で塗りつぶした。

長文を書いて少しスッキリした、とあなたは言った。
たぶんそれは正しい。
言葉にした瞬間だけ、人は「自分の現実」を取り戻せるからだ。
私もいま、こうして書きながら思う。

――次に同じことが起きたら、私は逃げない。
逃げないために、今日の自分を、少しだけ鍛えておく。

そうやってしか、あの夜の続きに、決着をつけられない気がしている。

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