フェラチオしてくると噂の美人看護師 末広純
【第1部】白衣のまま溶ける境界線──夜の休憩室、ふたりの呼吸が重なるまで
結婚するまで、私は地方の総合病院でナースをしていた。夜勤の空気には、昼とは別の濃度があった。消毒の匂い、蛍光灯の白さ、点滴の落ちる音。命のそばにいる高揚と、終わりの見えない疲労が、常に同じ皮膚の上に並んでいた。
その夜も、病棟は静かにざわめいていた。急変の呼び出しが鳴って走り、記録を書いて、また走る。溜め息のかわりに深呼吸をして、次の点滴を準備する。そんな夜の流れの中で、同じ夜勤に入っていたA――仮に、彼を「相川さん」としておく――と、休憩時間が重なった。
相川さんは、私より少し年上で、仕事が早く、言葉が柔らかい人だった。誰にでも親切だけど、どこか他人に踏み込ませない距離を持っている。夜勤明けの食堂で缶コーヒーを一緒に飲む時、ふっと笑う横顔に、妙にほっとする自分がいた。
そして私はその頃、数年前に別れた元彼のことをまだ引きずっていた。
結婚の話が出たと思ったら、いつの間にか彼の中で未来が別の方向へ決まっていて、私は取り残された。忘れたふりはできても、夜勤のひとりの帰り道で、まだ胸の奥に残る空洞が疼いた。
「ちょっと、話してもいい?」
休憩のチャイムが鳴った薄明かりの廊下で、私は相川さんにそう言っていた。
普段なら仮眠室のベッドに身体を落として数十分でも眠るのに、その夜だけは眠れる気がしなかった。何かを吐き出さないと、朝まで自分が持たない気がした。
仮眠室は、夜の病棟のいちばん奥にある。カーテンで区切られた簡易のスペースに、淡いライトがひとつ。外の世界と切り離された、白い箱みたいな場所だ。
相川さんは「うん、いいよ」と言って、ためらいなくそこへ入ってきた。
同僚を同じ仮眠室に入れることに、少しだけ背徳の匂いがした。でもそれは、倫理の線を踏み越える匂いというより、夜の狭い通路をふたりで共有するような、静かな秘密の匂いだった。
「元彼ね……」
私はベッドに腰掛け、言葉を探して、うまく笑えないまま話し始めた。
相川さんは壁にもたれて、うなずきながら聞いていた。
途中で、ふと沈黙が伸びた。
その沈黙が、奇妙にあたたかかった。
言葉が消えても、私の呼吸が乱れても、彼がそこにいるだけで、夜が少し優しく見えた。
「……つらかったね」
ぽつりと落ちた声が、白い空間の中でやわらかく跳ねた。
私は、その言葉だけで喉の奥が熱くなった。
泣きたいわけじゃないのに、涙が勝手に湧きそうになる。
その瞬間、相川さんが一歩近づいてきた。
距離が縮まると、彼の体温と、男の匂いと、静かな鼓動が、こちらの皮膚を通して伝わってきた。
「……大丈夫?」
私は小さくうなずいた。
その、うなずきの仕方が、たぶん少し変だったのだと思う。
助けてほしいのと、触れられたいのと、混ざっていた。
自分でもわからないまま、心の内側がほどけていく感覚だけがあった。
相川さんの指が、そっと私の頬に触れた。
泣き跡のない頬に、確かめるみたいに。
私はその指の温度だけで、全身の筋肉がふっと緩むのを感じた。
白衣の襟元から、冷えた肌に染み込むあたたかさ。
夜勤で張り詰めた身体に、やっと“休憩”が来たような、そんな感覚だった。
【第2部】「まだ終わらせたくない」──触れられるたび、濡れていく理由
彼の指が頬から顎へ、顎から首筋へ滑っていく。
私は息を止めた。
止めたのに、身体だけが吸い込むみたいに空気を求める。
触れられているのは肌なのに、ほどけていくのは、もっと奥――心の折り目のような場所だった。
「変なこと、していい?」
相川さんは、目を合わせたまま言った。
声は静かで、でも逃げ道を残した優しさがあった。
私は、わずかに口を開けたまま、何度も呼吸をして、やっと一言を落とした。
「……うん」
同意の言葉が、口から出た瞬間、胸の奥の堤防が崩れた気がした。
誰かに“触れていい”と、ちゃんと許したのは、いつぶりだろう。
私は、元彼との終わりからずっと、どこかで“もう誰にも触れられない”と思い込んでいたのかもしれない。
相川さんの手が、私の腰に回る。
白衣の上からでも、強くて大きい手だとわかった。
その手に引かれて、私は自然に彼の胸へ身体を預けた。
祈るみたいに、しがみつくみたいに。
彼の胸の固さに、私は自分の弱さを置いた。
唇が重なった。
深く、急がず、確かめ合うようなキス。
私はその一つ一つに、失った時間が回収されていくようで、怖いくらい甘かった。
舌が少しだけ触れるたび、背中の芯がぞくりと震える。
夜勤で乾いた喉が、別の渇きで潤っていく。
相川さんは私をベッドにそっと座らせ直し、膝の間にしゃがんだ。
白衣の裾が、彼の指先にすくわれる。
私は反射的に手を伸ばしかけて、でも止めた。
止めた理由が、“拒むため”じゃないことを、自分がいちばんわかっていたから。
「……や、だ。こんな、仕事のあとに」
声は弱かった。
弱いけれど、拒絶じゃなかった。
ただ、信じられないだけ。
こんなふうに自分の身体が、もう一度生き物みたいに熱を持つなんて。
「大丈夫。無理しない」
相川さんの声が、私の太腿の内側に落ちた。
指が、ストッキングの上からゆっくりと輪郭をたどる。
薄い布越しに、私の熱が伝わったのか、彼の指が一瞬止まった。
その止まり方が、ひどく丁寧で、私はそこで初めて“怖さ”が“期待”に変わっていくのを感じた。
布越しの圧が、ゆっくりと中心へ集まる。
私はぎゅっと目を閉じた。
自分の意思とは別に、身体が“そこへ”向かって開いていく。
恥ずかしさと、楽になっていく安堵と、誰かに見つけられてしまったような甘い絶望。
全部が混ざり合って、脳の奥がふわりと霞んだ。
「……もう、こんなに」
相川さんが小さく呟いた。
彼は笑っていない。からかってもいない。
ただ、驚きと嬉しさが混じった、素直な声だった。
その声が、さらに私の身体のどこかを押して、液体の熱がじわりと広がった。
濡れる理由は、行為そのものだけじゃない。
“見抜かれたこと”“受け止められたこと”“やっと安心できたこと”が、身体に水を呼び込んだのだと思う。
「……ねえ、止める?」
相川さんが確認するみたいに聞いた。
私は首を振った。
振った拍子に、白衣の胸元が乱れて、冷えた空気が入り、さらに肌が敏感になる。
「止めないで……」
自分の声が、自分のものじゃないみたいに濡れていた。
相川さんの手が、今度は直接の熱に触れた。
ストッキングのずり落ちる音が、夜の静けさにやけに大きく響いた。
私はベッドの端を握りしめる。
指先の力で現実につながっていないと、全部溶けてしまいそうだった。
【第3部】静けさの中で兇器になる指──私が溺れていく夜の頂
彼の指が、ゆっくりと私の秘密を解いていく。
触れられるたびに、そこは呼吸するみたいに脈を打ち、私の腰が小刻みに逃げる。
でも逃げた分だけ、彼は追いかけるように優しく、深く、確かに触れた。
夜勤の疲労で鈍っていたはずの身体が、いまは逆に、すべての感覚を拾い上げてしまう。
「……相川さん、だめ、だめ、声……」
私は自分で口を押さえた。
廊下の向こうに人の気配がしたわけでもない。
ただ、あまりにも静かな夜だからこそ、私の息遣いが世界に漏れるのが怖かった。
「うん。小さくね」
彼はそう言って、唇で私の指先に触れた。
その小さなキスだけで、私は背中を反らした。
身体が、もう“私の管理”では動かない。
次の瞬間、彼の指が少し奥へ滑り、私の中の柔らかい壁をゆっくり押し広げた。
内側の熱が、外へ溢れてくる。
恥ずかしいと思う暇もなく、快感が膨らんで、私の骨盤ごと持ち上げる。
「……ここ、好き?」
耳元で囁かれ、私は声にならないうなずきを返した。
言葉を整える前に、身体が答えてしまう。
そこを優しく撫でられると、私の中の水位がまた上がって、布団に湿り気が広がっていくのがわかった。
相川さんは急がない。
でも、その“急がなさ”が逆に残酷なくらい私を高く連れていく。
焦らされるわけじゃないのに、私はどんどん薄い膜の向こうへ追い詰められていく。
彼の指が、私の奥と表面、その両方を同時に愛撫し始めた時、私はもう息の仕方を忘れた。
「……っ、あ、だめ……もう……」
声が漏れた。
止めようとしても止まらない。
身体の底から湧き上がる熱が、喉を通って、音になってしまう。
「大丈夫。ちゃんと見てる」
その言葉が、鎖みたいに私を安心させた。
誰かに支えられている安心が、快感の扉をもう一枚開ける。
彼の指が、私のいちばん敏感な場所に触れた瞬間、電気みたいな震えが走り、私は膝を跳ね上げた。
「ん……っ!!」
息が細く途切れ、視界が白く濁る。
自分がどこにいるのか、何時なのか、もうどうでもよくなる。
ただ、彼の指と、彼の声と、彼の体温だけが、世界の中心だった。
波が来る。
波が砕ける。
その繰り返しの中で、私の身体はどんどん深い場所へ沈んでいく。
最後のひと撫でが、ちょうど鍵穴に鍵を回すみたいにぴたりとはまり、私は声を噛み殺すこともできずに、彼の胸に顔を埋めたまま震えた。
頭の奥がぱちんと弾け、身体の内側から甘い痺れが溢れ出す。
終わったあと、相川さんは私の髪を撫で、何度も「大丈夫?」と聞いた。
私はただ頷いて、笑って、泣きそうになった。
快感だけじゃない。
“触れられても壊れなかった私”を、彼が静かに肯定してくれた気がしたからだ。
私たちは、最後の一線を越えることはその夜しなかった。
それは怖さでも、後悔でもなく、ふたりの間で自然に決まった“夜の終わらせ方”だった。
私は白衣を整え、ストッキングを直し、鏡も見ずに仮眠室を出た。
廊下の冷たい空気が肌に刺さり、逆にさっきの熱が本当にあったのだと教えてくれる。
【まとめ】あの夜が私を濡らしたのは、指より深い場所のせい
夜勤明けの仮眠室で起きたことは、人生の中で一度きりの、静かな灼熱だった。
私は「どうしてあんなに濡れたんだろう」と何度も考えた。
たぶん、触れられたからだけじゃない。
疲れも、寂しさも、取り残された痛みも、強がりも、誰にも見せずに抱えていた私が、相川さんの前でふっと人間に戻れたからだ。
“触れていい”と許した瞬間、身体は心の代わりに泣いたのだと思う。
濡れるというのは、恥じゃなく、私の奥にまだ生きている熱がある証拠だった。
その後、私たちは普段通りの同僚に戻った。
廊下ですれ違えば軽く会釈をして、申し送りでは淡々と情報を交わす。
でも、あの夜の白い静けさだけは、どこかでずっと私の中に残っている。
時々、ふいに思い出す。
消毒の匂いの中で、指先の温度だけが私の世界を変えたことを。
そして、いまでも少しだけ頬が熱くなる。
あの夜は、背徳のスリルというより、私が“もう一度濡れていい人間”だと知った夜だったから。




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