第1幕:素顔にほどける午後の予感は、雨よりもやさしく
彼と最初に視線を交わしたあの日、私はただ、通り過ぎるだけの風のような存在でいいと思っていた。
開業医の受付という場所柄、多くの人と挨拶を交わすけれど、彼の声だけが耳の奥に残るのはなぜだったのか。
白衣の隙間から覗くシャツの襟元、名札の上にかかる指、ボールペンの持ち方──どこかあどけなく、それでいて、私の身体がなぜか“気づいてしまう”仕草をしていた。
ドラッグストアでの偶然の再会。
ナプキンの袋を隠そうとしたとき、彼の瞳が私の仕草を優しく受け止めていたことを、私は今も忘れられない。
年齢のこと、夫のこと、息子のこと。
「こんな私が」と思いながらも、彼の視線にだけは、女でいられた。
そしてある夜、彼は私の化粧を落とした素顔に、キスをくれた。
「綾は、素顔の方が可愛いよ」
その言葉で、何かがほどけた。
私は女として、また春を受け入れてもいいのだと──。
第2幕:冷たさと熱に溶かされる、ひとつぶの恋のかたち
その日、彼は私の手を引き、初めてのランジェリーショップへと導いた。
「今日は、綾に似合うものを僕に選ばせて」
店内の空調が冷たく、緊張で汗ばんだ背中に風が忍び込む。
試着室のカーテンの内側で、新しいレースのブラジャーに胸をおさめる。
布が肌に触れるたび、彼に触れられているような錯覚に震える。
ホテルの部屋。
アイスコーヒー用の氷だけを、コンビニで買って入った。
裸になったベッドの上、氷の欠片を口に含んだ彼が、私の唇を溶かすようにキスを落としていく。
乳首に触れた冷たさ。
くちびる、首筋、脇腹へ──氷が肌を這い、愛撫のひとしずくになる。
彼の舌が、私の脚の間へと這い、そこへ小さくなった氷が押し込まれた瞬間。
冷たさと熱が交差し、私の中で何かが弾ける。
濡れとともに氷は溶け、彼の舌がその水を吸い上げるとき、私はもう自分の理性を取り戻せなかった。
「ごちそうさま」
氷とともに私の何かを飲み込んだ彼が、優しく額にキスをくれた。
第3幕:冷たさの奥に燃える夜、私は女で、あなたのものだった
その夜の帰り、彼は車を路肩に寄せた。
雨が窓を叩く音の中で、彼の唇が私の耳元に触れた。
「綾の手で、僕を感じて」
私は右手を伸ばし、彼のジーンズ越しに熱を確かめる。
硬く、息を詰まらせるほどの鼓動を持つそれを、指先でなぞると──
「……舐めて」
その一言に、身体がふるえた。
助手席の彼の膝に顔を埋め、私は「いただきます」とつぶやいて、その欲望の先端を口に含んだ。
外で、車の中で──そんな背徳のスリルよりも、
私は彼にとって“飲み干したい女”であることに、恍惚を感じていた。
そのあと、ホテルに戻り、彼は私の中に入り込んだ。
いつもと違う体位。
脚を抱えられ、奥まで満たされ、私は自分が女として“壊されてゆく”のを感じた。
声が漏れる。太ももが震える。
「綾、きれいだよ」
「綾の中、あたたかくて、気持ちよすぎる……」
絶頂のあと、彼の肩に顔を埋めて泣いた。
それは悲しみじゃない。
こんな自分になれる日が来るなんて──嬉しくて、愛おしくて。
肌の温度が戻らないまま、私はこうして思い出している。
あなたの舌、声、手、そして、冷たい氷のかけら。
私のなかでまだ、溶けきらない熱が、じんわりと息をしている。



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