その日、私はひとりで、夕飯の支度をしていた。
カレーの香りが部屋に広がりはじめると、
どこか遠くの記憶がうっすらと輪郭を帯びてくる。
小さな鍋の中でとろける玉ねぎの音、
鍋の縁から立ちのぼる湯気――
それらは静かな暮らしの一部であり、
同時に、私の心にぽっかりと空いた“穴”を、より鮮明に照らし出すものだった。
娘が玄関を開けたのは、ちょうどにんじんを刻んでいる最中だった。
「ただいま。……ユウマも一緒」
ユウマ――
娘が最近頻繁に連れてくる、背の高い、物静かな青年。
学校ではバスケ部のエースらしく、
整った顔立ちと、どこか影のある目元が、妙に大人びて見えた。
私は包丁の動きを止め、ふたりを振り返る。
「いらっしゃい。……暑かったでしょう?」
「こんにちは、水原さん。すみません、またお邪魔して」
その声は低くて、落ち着いていて、
まるで、夏の夕立の前に広がる静けさのようだった。
その瞬間――私は、ふと“自分が誰であるか”を意識してしまっていた。
ただの“母親”ではなく、
“女”として。
そのことに、自分でも驚いた。
夕食のあいだ、私は会話の端々に漂う娘の笑い声を聞きながら、
ユウマの仕草を、知らず知らずのうちに目で追っていた。
グラスを持つ手。
箸を動かすときの、指の節のしなやかさ。
私と目が合ったとき、ふっと目を伏せるような、あの仕草。
「水原さんの作るカレー、好きです。前も言いましたよね」
「……そう? 嬉しいわ。娘よりあなたのほうが、反応がいいもの」
私が少し冗談めかしてそう言うと、
彼はうっすらと笑いながら、目をそらした。
その視線の流れが、私の喉元を撫でるようで、
思わず、自分でも知らない熱が胸の奥に溜まっていくのを感じた。
それは、理性の奥にしまい込んだはずの“感覚”だった。
夜。
娘は「ちょっとだけ塾、寄ってくるね」と言って、
部屋にユウマを残したまま出かけていった。
私はリビングでひとり、テレビの音を流しながら、
ソファに腰掛けていた。
でも耳は、階段の上――
娘の部屋のあたりに、どうしようもなく意識を向けていた。
ふいに、足音。
そして――彼が階段を降りてきた。
「あの……娘さん、まだ戻らないって連絡きました」
「そう……ごめんなさいね、気を遣わせて」
「いえ……。あの……少しだけ、お話、してもいいですか?」
「……ええ。よければ、お茶でも」
彼は、少しだけ遠慮がちに微笑んで、私の向かいに座った。
静かな間。
お互いの呼吸だけが、時間を満たしていく。
そして彼が、不意に口を開いた。
「……水原さん。あの夜、見てましたよね?」
――一瞬、時間が止まった気がした。
心臓が跳ねた。
「……なにを、言ってるの」
「見てましたよね、僕と……あの子のこと」
私は言葉を失った。
喉が詰まる。
けれど――否定できなかった。
沈黙は、肯定よりも残酷だった。
彼の目が、ゆっくりと私を見つめる。
その視線の奥にあったのは、責めではなかった。
欲望と、確信だった。
「……あのときから、ずっと考えてた。
水原さんの目……女の人の目だった」
私は、動けなかった。
感情が、皮膚の下を駆け巡る。
羞恥と興奮と、震えるような高揚感。
「触れても、いいですか?」
その言葉が落ちた瞬間、私は深く息を吸った。
喉の奥に引っかかるような、重たい空気だった。
否定の言葉は、出てこなかった。
代わりに私の身体は、静かに――けれど確かに、頷いていた。
その動きが合図だったかのように、彼の手がそっと私の指先にふれた。
最初は、ただ手と手の接触。
けれど、その指が私の甲をなぞるにつれ、
まるで電流が流れるような震えが皮膚の下を走った。
「……こんなに、熱いんですね」
彼が囁く。
私の手を包んだ彼の掌は、驚くほど若く、滑らかで、
だけど芯に鉄のような強さを秘めていた。
ゆっくりと手首、腕、肩へと辿るように指先が移動し、
そしてついに、私はその場で息を詰めた。
「ユウマ……ダメよ、ここは……」
「誰も、来ません。大丈夫」
その囁きが耳にふれた瞬間、
私は背筋からふとももにかけて、粟立つような戦慄を感じた。
シャツのボタンがひとつずつ外されていく。
時間をかけて、まるで“私の抵抗”を確かめるかのように。
白いブラウスの下、私はレースの下着をつけていた。
誰に見せるわけでもないのに、なぜか選んでいたものだった。
そのレースの谷間に、彼の指がふれた。
それだけで、全身が跳ねる。
「……感じてるんですね。ここ」
その言葉に、私は羞恥とともに、確かに濡れていた。
「スカート、脱がせてもいいですか」
私は目を閉じた。
そして、小さく頷いた。
膝下まで伸びるタイトスカートが、ゆっくりと足元に落ちていく。
それと同時に、彼の視線が私の脚をなぞる。
目だけで、触れてくる。
「……脚、綺麗ですね」
「……やめて、恥ずかしいわ」
「なんでですか。僕、ずっと見惚れてました」
その声に、私の体温が一気に上がるのを感じた。
彼の指が、下着の上から私の奥をなぞった。
その動きは、まだ遠慮がちで、それが余計に私を疼かせた。
「もう、濡れてる……」
私は恥じらいながらも、否定しなかった。
否定できる余裕など、もうなかった。
彼の指先が、布越しに中心をなぞり、
そして一度、じっとそこで留まった。
「入れてみても……いいですか?」
言葉よりも先に、私は足を開いていた。
ゆっくりと、布が横にずらされ、
指が、粘ついた湿度の奥へと差し込まれていく。
その瞬間、私は口元を押さえた。
漏れる声を殺すために。
けれど、彼の指が奥を見つけるたび、
「感じる」という言葉では表せない波が、私の中で広がっていった。
そして彼は、ゆっくりと立ち上がった。
パンツの上からでも分かる、異様なほどの隆起。
その存在感に、私は無意識に喉を鳴らした。
「……見ても、いいですか?」
彼は無言で、ベルトを外し、ジッパーを下ろした。
そして――それが露わになった瞬間、
私は息を呑んだ。
大きい。
それも、ただの若さの誇張ではなかった。
私の記憶の中にある、どんな男とも違う。
まるで、異形の果実のように太く、張っていた。
その“彼自身”が、私の腿に押し当てられたとき、
私は無意識に足をすり寄せ、中心を湿らせていた。
「……全部、入るかしら」
私は震える声で、そう言った。
彼は微笑んで、私の耳元で囁いた。
「……壊してしまっても、いいなら」
その囁きを耳にした瞬間、
私は“母である自分”が、音もなく崩れていくのを感じた。
羞恥も、罪悪感も、
この夜の前ではただの薄い皮膚のようなものだった。
彼のものが、私の奥へと押し込まれていく。
その太さに、入口が押し広げられ、
皮膚が裂けるのではと錯覚するほどの、痛みと快楽が混ざった圧迫感。
私は声にならない呻きとともに、彼の肩にしがみついた。
「ゆっくり……ゆっくり、お願い……」
「大丈夫、全部、入れてあげるから」
その声は、まるで私の“奥の奥”を知っているかのようだった。
ずぷっ……ずぷっ……
深く、重く、粘膜を押し分けながら、彼の熱が入り込んでくる。
そのたびに、私は肺の奥から息を吐き、
背中を反らせては、彼の動きに応えた。
「うそ……こんな……深いところまで……っ」
内壁が、今まで知らなかった深部に触れられ、
くすぐられ、押し広げられ、飲み込まれていく。
「水原さん、締めつけ……すごい。全部……吸い込まれるみたいです」
「あなたが……あなたが大きすぎるのよ……!」
涙が滲むほどの快感に、私は腰を浮かせながら、
足を絡ませた。彼の腰に、脚を巻きつけ、
奥を自分から貪るように、求めていた。
「もっと……突いて……奥、もっと……」
言葉が、もう私のものではなかった。
母でも、主婦でもない、“ただの女”が口にしていた。
激しい音が、畳を打つ。
彼の腰が打ちつけるたび、肉が濡れた音を立て、
私の内壁が擦られて、脳が白くなる。
「……イく、イく……っ、もう、だめ……っ」
「一緒に……イこう……」
彼が奥を突き上げた瞬間、
私は全身を跳ねさせて、喉の奥から声を漏らした。
「ユウマ……ぁあああああっ……!」
何かが抜け落ちるような感覚だった。
深く、深く――子宮の奥を貫かれ、
そこに快楽の波が何重にも重なって押し寄せ、
自我の最後のひと切れまでもが飲み込まれていった。
絶頂の余韻が尾を引き、
私の身体は痙攣しながらも、彼を求めていた。
しばらくして、彼が私の中から抜けたとき、
その感覚はまるで、大切なものをひとつ喪ったような、
甘く切ない虚無感だった。
私は静かに身体を横たえたまま、天井を見つめていた。
「……終わっちゃったのね」
「……ごめんなさい」
「違うの。ありがとう、なのよ」
彼は黙って私の髪にキスを落とした。
その仕草があまりに優しくて、私はまた泣きそうになった。
「私……ずっと、“女”として見られたかったの。
誰かに、触れられたかった。感じたかった」
「……僕、ちゃんと、そう見てました」
その言葉だけで、報われる思いがした。
母でも妻でもない、“水原みなみ”という存在を、
誰かが必要としてくれた夜――
その奇跡を、私はずっと抱きしめて生きていく。
たとえ、もう二度と彼に会えなくても。



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