美しすぎて、思わず『5度見』してしまう―。 誕生 結城花乃羽 28歳 AV DEBUT
【第1部】普通の28歳だったはずの私が、彼の身体にだけ溺れていくまで
私の名前は、沙羅(さら)。
28歳、地方都市の駅近くにある事務所で働く、ごく普通の会社員だ。
平日は決まった時間に起きて、コンビニのコーヒーを片手に電車に揺られ、
さほど好きでも嫌いでもない仕事をこなす。
数字とメールと、上司の機嫌。
家に帰れば、静かなワンルームと、まだ洗っていないマグカップがひとつ。
「このまま、なんとなく30代に入って、
なんとなく誰かと結婚して、
なんとなく一生を終えるのかな」
そんなことを、ふとスマホの黒い画面に映る自分に問いかけた夜、
私は、元彼に振られたばかりだった。
三年付き合った彼に、
「ごめん、他に気になる人ができた」と告げられた日の帰り道。
泣く気力さえなくて、
ただ、心の中の何かが音も立てずに崩れていく感覚だけがあった。
その夜、酔った勢いで指が滑り込んだのが「出会い系アプリ」だった。
よくないことだって分かっていた。
でもあの時の私は、
「大事にされたい」よりも、「今すぐ抱きしめられたい」の方が切実だった。
メッセージの海の中で、一人だけ、妙に静かな文面の人がいた。
名前は、悠真(ゆうま)。
40歳、既婚、子どもあり。
プロフィールには、余計なことは書いていない。
「会う前に、正直に言っておきたい。
家庭は壊せない。君の人生も壊したくない。
それでも、一度だけ、誰かにちゃんと触れたかった」
その文を読んだ時、
「最低だ」と思う自分と、
「分かる」と頷いてしまう自分が、同時に胸の中で立ち上がった。
そこからは早かった。
何度かメッセージをやりとりし、
気づけば私は、ホテル街へ続く坂道を、
少しだけ震える足で上っていた。
ラブホテルのネオンは、
思っていたよりも柔らかい色をしていた。
フロントで手続きをしている彼の背中を見ながら、
私はずっと、こう自分に言い聞かせていた。
——これは恋じゃない。
——ただの一夜限り。
——寂しさを認めたくない二人の、逃げ場みたいなもの。
そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、
胸の奥のどこかが、
彼の体温を待ちわびているのが、はっきり分かってしまうのだった。
【第2部】身体だけの関係のはずが、私の呼吸まで彼に支配されていく夜
部屋に入ると、空調の静かな音と、
ほのかに甘い柔軟剤の匂いがした。
振り返った彼は、少し困ったように笑った。
「怖くない? 帰りたくなったら、すぐ帰っていいからね」
その優しさが、いちばん怖かった。
「私は平気です」と強がることで、
本当は、もう後戻りできない場所に来ていることを、自分に認めてしまうから。
最初のキスは、驚くほど静かだった。
唇が触れるというより、
温度がそっと重なるだけの、確かめるようなキス。
胸の内側で、何かがほどける音がした。
首筋に落ちる息が、少し熱い。
肩に触れる指先は、
無理やり剝ぎ取るのではなく、
「ここに触れてもいい?」と尋ねるみたいに、時間をかけて私の輪郭をなぞっていく。
服の上から、
背中をゆっくり撫でられるだけで、
思っていた以上に、身体は素直だった。
見られたくないものまで全部、
浮かび上がってしまうような気がする。
「…そんな顔、するんだね」
耳元でそう囁かれた瞬間、
自分の表情がどんなふうになっているのかを想像するのが怖くて、
私は思わず目を閉じた。
抱きしめられた時、
彼の胸板に頬を押しつけると、
規則正しい鼓動が、筋肉ごしに伝わってきた。
そのリズムに合わせるように、
自分の心臓も、少しずつ速くなっていく。
手首を取られ、シーツに沈められる時、
「いや」と言えたはずの自分は、
もうどこにもいなかった。
どこからが「愛」で、
どこまでが「欲」なのか。
線を引こうとするたびに、
彼の手が、その線をなぞって、ぼかしていく。
触れられる場所は決してあからさまではないのに、
そこから広がる熱だけが、じわじわと全身を侵食してくる。
息が浅くなって、
喉の奥から、抑えきれない声が漏れそうになると、
彼は私の手をきゅっと握った。
「大丈夫。…ちゃんと、ここにいるから」
その言葉に、何度も救われて、
何度も沈められた。
「これは、恋じゃない」と、
頭のどこかで繰り返しながら、
身体の方は、とっくに彼のリズムを覚えてしまっていた。
会うたびに、
彼の呼吸の仕方、力の入れ方、
指の動きのわずかな変化を、
私の身体は勝手に学習していった。
気づけば、
週に一度のラブホテル通いが、
単なる「非日常」ではなく、
私の一週間を構成する、大事なピースになっていた。
仕事で嫌なことがあった日。
元彼のSNSをうっかり見てしまった夜。
ふと鏡に映った自分の顔が、疲れた大人の女に見えた瞬間。
そんなとき、
私の頭に浮かぶのはいつも——
彼の手のひらの大きさと、
背中を包み込む腕の重さだった。
【第3部】恋じゃないと自分に言い聞かせながら、彼の身体なしでは眠れなくなった私
三年が経った。
たった「一度だけ」のはずだった関係は、
気づけば季節を三巡りしていた。
その間に、私は二十代後半から、
「そろそろ結婚も考えないとね」と言われる年齢になった。
友達の結婚式では、
純白のドレスに包まれた笑顔を祝福する拍手を送りながら、
手のひらの内側では、自分だけの秘密をぎゅっと握りしめていた。
「結婚相手に、何を一番求める?」
そんな女子会の質問に、
本当の答えを言えるはずもない。
——彼以上の体温。
——彼以上に、私の身体の「スイッチ」の場所を知っている人。
そんなことを求めているなんて、
口にした瞬間、軽蔑されるのは分かりきっている。
でも、正直に言えば、それが真実だった。
私にとって、
恋愛のスタートラインは「優しさ」でも「将来性」でもなく、
「この人に触れられて、自分はどう変わってしまうんだろう」という予感になってしまった。
ある夜、ホテルの部屋で、
彼の肩に頭を預けながら、
ふとこんなことを口にしてしまった。
「ねえ、私たちって、何なんだろうね」
彼は少し黙ってから、
照明の柔らかな光を見上げるようにして、答えた。
「言葉にしたら、全部壊れそうで怖いけど…
君がいない世界は、もう想像したくない」
その言葉は、
「責任」や「未来」を約束するものではない。
でも、私の中で何かが決定的に変わってしまうには、十分だった。
彼の家庭の事情が好転したわけでもない。
むしろ、現実的には、
私と彼の距離は、縮まるどころか、
どんどん「ありえない」に近づいている。
それでも、
彼の指先が一度、私の頬に触れれば、
心の中で整えていた理屈や倫理観は、
簡単に溶けてしまう。
触れられた場所が、
時間が経っても、じんわりと熱を残す。
別れたあと、一人でベッドに横になっても、
シーツの皺や、枕の匂いが、
さっきまでの体温を再現してくる。
会えない夜は、
スマホの画面を見つめながら、
既読にならないトークルームに、
「会いたい」と打っては消し、消しては打つ。
眠れないまま、部屋の明かりを消して、
目を閉じると、
浮かんでくるのはいつも、
彼に抱きしめられた時の、あの圧倒的な安心感だった。
「好きとか、愛してるとか、
そういう言葉じゃ足りないんだよね」
彼がぽつりと言ったことがある。
あのときの私は、何も返せなかった。
もし「私も」と言ってしまったら、
もう完全に戻れなくなる気がしたから。
私は今も、自分に言い聞かせている。
——これは恋じゃない。
——これはただの、身体の相性。
——彼じゃなきゃだめなんじゃなくて、
たまたま今、彼しか知らないだけ。
そう思おうとするたび、
胸がきゅっと締めつけられる。
本当は、分かっている。
私が離れられないのは、
彼の身体だけじゃない。
身体を通してしか、互いに触れられない、
不完全で、名前のつけようのない、この関係そのものなのだと。
まとめ:恋じゃないと信じたい私と、身体がすべてを知ってしまった現実
私と彼の関係は、誰かに胸を張って語れるようなものではない。
倫理的にも、常識的にも、きっと間違っているのだと思う。
それでも、
「正しさ」だけでは埋められない空白が、
人にはそれぞれあるのかもしれない。
私にとってその空白は、
誰かに大事にされたいという願い以上に、
誰かに本気で「欲されたい」という飢えだった。
彼と出会ってからの三年間で、
私は自分の身体のことを、
それまでの人生よりもずっと深く知った。
触れられて初めて気づく感情。
抱きしめられて初めて溶ける孤独。
離れたあとで初めて分かる、依存と自由の境界線。
正しいかどうかより、
「本当に生きている」と実感できる瞬間を、
私はずっと求めていたのかもしれない。
この先、私が誰かと結婚する日が来るのか。
彼と完全に縁を切る日が来るのか。
それはまだ分からない。
ただひとつ、今言えるのは——
私の身体はもう、
「何も知らなかった頃の私」には戻れない。
彼の体温を知ってしまった自分を、
どう受け入れて、生きていくのか。
その問いを抱えたまま、
私は今日も、スマホの画面を見つめている。
「会いたい」と打っては消し、
「もうやめよう」と打っては消し、
それでも、指先は、
彼とのトークルームから離れられないままで——。




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