終電を逃して──銀座の夜、年上リーマンと交わした秘密
あの夜、銀座の風はやけに生温かくて、心の奥までほどけていくようだった。
「ごめん、アフター入っちゃった。0時には終わると思うけど、どこかで時間つぶせそう?」
姉からのLINEに、ため息をひとつ。
実家は神奈川、大学一年の私は、時々こうして銀座で働く姉のワンルームに泊めてもらっていた。だけどその夜、ハロウィンの喧騒を背負った終電は、もうとっくに去っていた。
タクシーに乗るほどの余裕はない。
けれど、ただコンビニの明かりの下で立ち尽くすには、夜の街が少し艶やかすぎて。
せめて明るいところへ…と、新橋のマックに向かおうとしたときだった。
「寒くないですか?」
声をかけてきたのは、スーツの似合う男の人。
30代半ばくらいだろうか。細身で背が高く、目元には少しだけ疲れと優しさが混ざっていた。
「今から一人で時間つぶすなら、よかったらご飯でも。
……変な意味じゃないです、本当に」
少し笑いながらそう言われた時、なぜか私は、心の奥の“寂しさ”が反応していた。
「……じゃあ、ちょっとだけなら」
気づけば私は、知らない男の人と、ふたり並んでカウンター席に座っていた。
ワインが一本、ボトルで頼まれた。飲める?と聞かれて頷いた私は、きっと、どこかでなにかを期待していたのだと思う。
「大学生、かぁ。いいね、まっすぐで。俺もそうだったらなあ…」
その人──「村上さん」と名乗った彼は、広告代理店に勤めているらしく、普段はクライアントとの接待や深夜までの会食が日常らしい。
だからか、お酒の飲み方も話し方も、妙にこなれていた。
私は、軽く酔っていた。
そしてその酔いが、少しずつ身体の輪郭をぼやかして、感覚を甘くしていた。
「……ねぇ、このあとさ」
ふいに、彼が左手を私の手の上に置いた。
温かい掌に包まれた瞬間、心の奥で、理性の鍵が、静かに外れていく音がした。
「……姉の家が近くて。鍵、ないから、まだ入れないんです」
言い訳にもならないような台詞だった。
でも彼は、すぐに答えなかった。
しばらく私を見つめたあと、小さく笑って、会計を済ませた。
「じゃあ、ちょっとだけ、場所を変えようか」
そう言われてついていった先は、銀座の外れにある、静かなホテル。
何度も振り返りながら歩いた私の手を、彼は軽く引いてくれた。
まるで迷わないようにと、導くように。
部屋に入ると、彼は私のコートを脱がせ、ソファに腰掛けさせた。
「帰ってもいいから。……けど、俺は、ずっと君のこと見てたよ。あの時、マックの前で立ってたときから」
その言葉は、なぜか、やさしく刺さった。
触れられたのは、頬だった。
でもその指先から伝わる体温に、胸の奥がしびれるようだった。
ふいに、唇が重なり──私の世界は、ふっと静かになった。
キスはやさしく、けれど執拗だった。
舌が入ってきたとき、私は受け入れるしかなかった。
呼吸が浅くなって、胸が高鳴って、彼の手が私の太ももに触れたとき、
もう、拒む理由はどこにもなかった。
「……脱がせても、いい?」
その一言に、頷いた私は、
少しずつ、少しずつ、服を脱がされていく感覚に、背徳と快楽が混じるのを感じていた。
ニットをめくる手。
ブラのホックが外れると、冷たい空気と彼の視線が、私の胸に触れた。
「すごく、綺麗」
彼がそう呟いたとき、私の中で“恥ずかしい”と“嬉しい”が重なった。
胸に口づけられたとき、私は息を止めた。
吸い上げられるたびに、身体が内側から熱を持ち、
彼の指が、下着の上から優しくなぞると、私は小さく声を漏らしてしまった。
「大丈夫、無理はしないから」
その声が、私をさらに深く溶かしていった。
ミニスカートの中、下着を横にずらされて、指先が触れた場所は、すでに濡れていた。
自分でも驚くほどに、私は感じてしまっていた。
「……恥ずかしい」
「なにが?」
「だって……こんな、知らない人なのに……」
「俺は、君のことちゃんと見てる。
ちゃんと、“今”を、見てるよ」
その言葉が、胸に響いた。
そして、彼がゆっくりと私の中へ入ってきたとき、
私はもう、完全に彼のものになっていた。
ゆっくりと──
深く、優しく、時に激しく──
「……やばい、声、出ちゃう……」
彼の腰が沈むたびに、私の奥がふるえて、
ベッドのシーツを握りしめながら、私はただ、感じ続けていた。
終電を逃しただけのはずだったのに、
私の身体は、彼の中に溶けていった。
そして──
ひとつの波がきて、全身を駆け抜けていった瞬間、
私は小さく震えながら、彼の腕の中で目を閉じた。
朝、目覚めると彼はいなかった。
ただ、枕元に残された一枚のメモ。
「また、会いたいと思ってしまった俺を、笑わないで」
それを読みながら、
私はふと、窓の外に射し込む朝日を見つめた。
あの夜、交わしたのは、
身体だけじゃなかったのかもしれない。
ほんのひとときの熱。
それは秘密という名の、深く甘い記憶。



コメント