どうして、こんなことになっているのか。
そう自問しながらも、私は何ひとつ、抗おうとしなかった。
午後の陽だまりの中、カーテンを半分閉じたリビングは、外の世界から切り取られたような静寂に包まれていた。
音もなく差し込む光の粒が、テーブルの縁に揺れていた。
その中に彼──雄介くんがいた。
息子の元家庭教師。大学生。
真面目そうな眼差しの奥に、時折見え隠れする熱を、私は初めから知っていた。
でも、それを見ないふりをしていた。
妻として。母として。大人の女性として──。
でも、人は「見ないふり」を長く続けられない。
それが「見てほしい」という渇望と紙一重であることを、私はこの年になって初めて知った。
「今日は……旦那さん、いないんですか」
その声に、背中がぴくりと反応する。
問いかけのようでいて、命令のようでもあった。
「ええ、出張で……」
喉が渇いていた。
声に出すたび、自分の言葉が嘘のように響いた。
ふいに、手首をつかまれた。
やさしく、だけど逃げられない力加減で。
そのとき、胸の奥に隠していた何かが、小さく壊れた音がした。
私は、彼に引き寄せられるままに唇を重ねた。
言葉を交わすより先に、身体の感情が口を開いた。
拒む理由を、頭の中でいくつも並べた。
でもそのどれもが、唇と唇の摩擦の前に、無力だった。
彼の膝の間に跪き、ファスナーを下ろした瞬間、
私はもう「母」ではなかった。
夫の妻でもなかった。
ただ、ひとりの“女”として、そこにいた。
手の中に収まりきらない彼の熱。
その存在感に、喉の奥がすでに収縮しはじめていた。
ゆっくりと、確かめるように唇を這わせていく。
彼がどれほど昂っているか、私の口の中がいちばん知っていた。
舌先を根元から先端へなぞると、震えるような鼓動が伝わってくる。
羞恥と快感がせめぎ合う中で、私はなぜか幸福だった。
「誰かのための私」ではなく、「彼の中に生きる私」になれる時間が、たまらなく愛おしかった。
やがて、彼の手が私の顎をやさしく引き上げ、
ベッドルームへ導かれる。
その歩みのあいだ、私は心の奥でひとつの問いを繰り返していた。
──どうして、私はここまで許せるの?
──どこまでなら、壊れずにいられるの?
ベッドに横たえられ、脚を開かされる。
下着越しに彼の指先が触れると、反射のように腰が浮いた。
羞恥が脳天を貫く。
でも同時に、「これでいい」とどこかが囁く。
彼の舌が、私の奥をゆっくりと味わいはじめる。
花びらをほぐすように、撫でるように、吸うように。
舌先のリズムが狂おしいほど甘くて、
理性の足場が、足元から崩れていく。
「お願い、やめないで……」
そんな言葉、初めて口にした。
でも、恥ずかしいと思いながらも、どこかで言いたかった。
自分の欲望を、他人の耳に届けたかった。
それこそが、ほんとうの“裸”だと知っていたから。
そのまま、挿入されたとき、
私は身体の奥で「罪悪感」と「悦び」がぶつかり合う音を聞いた。
彼は驚くほど大きくて、深くて、
まるで私という器のすべてを測るために、生まれてきたようだった。
正常位では彼の瞳と息が重なり、
後背位では背中に広がる彼の熱が、私を満たしていく。
そして──騎乗位。
私は彼の上にまたがり、自ら腰を動かした。
恥ずかしさは消えていた。
代わりに、解放の光が全身を貫いていた。
「もっと、奥まで……感じたい……」
その声が、震えながらも、確かに生まれた瞬間、
私は、自分の中にいた“本当の女”と、目を合わせた。
絶頂のあと、私は彼の胸の上で息を整えていた。
静かだった。
でも、内側だけは燃え続けていた。
虚無と充足。
喪失と目覚め。
愛ではないけれど、たしかな繋がり。
私は、縛られることで、ほどけていった。
触れられるたび、何かを捨て、何かを得ていた。
そして今、私は確かに知っている。
“壊れることを恐れずに、ひとつの快楽に身を委ねる女の顔”──
それこそが、いちばん自由な私なのだと。
その次の逢瀬は、彼のほうから場所を指定してきた。
メッセージには、ホテルの名前と部屋番号だけ。
問い返すことすら、許されない空気を、私はすでに覚えていた。
駅から少し離れた場所にあるそのホテルは、
一見シンプルなビジネスホテル風の外観ながら、
中に入ると、すべてが異質だった。
無音の廊下。深紅の絨毯。落とされた照明。
どこかで見たことのあるような、けれどまったく別の世界。
ドアをノックすると、静かに開いた。
彼は無言のまま私を迎え入れ、
一切の挨拶もなく、ドアを閉めた。
そして、そのまま、視線だけで部屋の奥を示した。
そこに──あった。
金属と革で構成された椅子。
否、椅子というより、“拘束のために設計された台”だった。
私は一瞬、後ずさった。
けれど、足を止めることはできなかった。
彼の前では、私はもう「拒否する自由」を持たない。
そう思うと、怖さよりも、悦びが先に立った。
「座って。脚、ひらいて」
言葉は穏やかだった。
けれどそれは、“お願い”ではなかった。
私の心の奥の何かが、命令という言葉の輪郭に、音もなく疼いていた。
私はブラウスを脱ぎ、下着を外し、彼の前で完全に裸になった。
羞恥と共に、快楽がこみ上げてくる。
“見られている”ことが、こんなにも自分の存在を肯定するなんて。
彼は私の手首を後方に回し、革のベルトで固定した。
次に足──太もものつけ根から膝までを、外へ引かれるような形で、しっかりと縛られる。
産婦人科の診察台と、何か深く共通する体勢。
でもそこにあるのは医療ではなく、命令と服従だった。
身体はもう、晒されるだけの存在になっていた。
自分の意思では閉じることも、逃げることもできない。
「キレイですね、こうされてるのに、濡れてる」
彼が指先で私の奥をなぞる。
指が濡れて、光を帯びる。
私は目を逸らしながら、浅く息を吐いた。
そして、彼はバイブを取り出した。
細く、艶のある黒いボディ。
スイッチを入れる前から、その存在感に脚が震える。
「……挿れるよ」
その声が合図だった。
ゆっくりと、滑らせるように。
濡れた私の中へ、その異物が入ってくる。
内部が押し広げられ、異物感と共に充足が入り込んでくる。
私は拘束されたまま、唇を噛み、目を閉じた。
「イイ顔してる」
その声と同時に、振動が始まった。
「ひっ……」
声が漏れた。
振動は、まるで内部を舐めるようにうごめき、
一点に集中するように、絶えず私の内側を刺激する。
身動きが取れないことが、こんなにも快楽を際立たせるとは──
肩から背中へ、熱が走る。
脚が跳ねそうになっても、ベルトがそれを許さない。
逃げられない。だからこそ、委ねられる。
「我慢しないで。声、聞かせて」
「や……ん……っ、だめ……ッ」
言葉にならない叫びがこぼれる。
振動が、奥の粘膜を撫で、打ち、掻き乱す。
それは誰にも見られない場所での、極限の愛撫だった。
「まだイっちゃダメ。もっと、味わって」
そう囁かれるたび、私は「自我」と「肉体」の境界が溶けていくのを感じた。
「もう、お願い……イかせて……」
自分の声が、泣きそうに震えていることに気づく。
でもそれは悲しみではなかった。
悦びが飽和して、涙になる寸前の境地だった。
「いいよ」
その一言が許しとなって──
私は、拘束されたまま、果てた。
喉の奥から声がこぼれ、脚が痙攣し、全身がひとつの波に呑まれる。
バイブはまだ中にあった。
そして──彼は、まだ私を見ていた。
「おかわり、できるよね?」
その声はやさしかったけれど、容赦がなかった。
私の中で、再び快楽が泡立ち始める。
自分という器が、何度でも破られ、そして満たされていく。
私は今、縛られることで、自由を知っている。
壊れるたび、心の奥に残っていた古い私が剥がれ、
新しい“女”が、静かに目を覚ましていく──
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